現在の日本は、世界大恐慌という中波に翻弄されている木の葉のようです(今回の世界大恐慌は、100年に一度あるかないかという規模のものですが、人類全体にもたらしたインパクトの大きさという物差しで測るとすれば、今回の世界大恐慌は中波レベルのものに過ぎません。では、本当の大波とはどのようなものかと云うと、農業大革命、産業革命、情報革命の三つです。この三大革命については、拙ブログでも「21世紀を生きる子どもたちへの最良の指南書)」として取り上げており、現在の私は翻訳を生業としている関係から、来る情報革命において翻訳業界はどのような位置づけになるかについても、併せて同記事に書いておきましたので、関心のある翻訳関係者の方々に一読して戴ければ幸いです。
21世紀を生きる子どもたちへの最良の指南書
さて、今回は本記事の題名にある「世界大恐慌と翻訳者」に絞って筆を進めていきます。
私の場合、今回の世界大恐慌が誰の目にも明らかになった、9月16日のリーマン・ブラザーズの倒産以降、海外の翻訳会社からの仕事が激減しました。なかには、顧客からの値下げ要求が厳しいので、お前の翻訳料金を引き下げてくれという翻訳会社が出る始末です。こうした状況下にあってはジタバタしたって仕方がないので、ちょうど良い充電期間に入ったと考え方を切り替え、今までに読もうと思って購入しておいた二メートル近くの本を、片っ端から読み進めるという読書三昧の日々を送っています。無論、このような生活をいつまでも続けられるわけではなく、生活するためにも稼がなければならなりませんが、こうした状況に追い込まれて一番助かったと思ったのは、ProZ.comという世界最大の翻訳者のコミュニティのメンバーであったという点です。ProZ.comを経由して平均して週に一回のペースで、、世界各地の翻訳会社から仕事の打診やトライアルのすすめに関するメールが届きます。最近も、スウェーデンの翻訳会社からトライアルを受けてみないかという誘いのメールがあり、時間があったので受けてみたところ無事に合格、来週から実際に仕事がスタートすることになりました。今回はマニュアルではなく企業誌風の原稿であり、原文である英語を自然な日本語に翻訳する力が求められているだけに、やり甲斐があるなと思った次第です。
ともあれ、世界的な不況に突入した今日、日本国内だけでなく海外の翻訳会社も視野に入れることにより、それだけ仕事を獲得する機会が増えることが容易に想像できると思います。
■海外の翻訳会社について
つい最近まで、国内の翻訳会社から英日の仕事を承るのが普通でした。しかし、ここ2~3年で様子が大分変わってきました。日本国外の翻訳会社からの英日翻訳の依頼が大幅に増えてきたのです。私の場合、3年ほど前までは100%国内の翻訳会社から英日翻訳の仕事を承っていました。ところが、1年ほど前には国内の翻訳会社からの依頼が全体の仕事量の10%に下がり、逆に海外の翻訳会社からの仕事の依頼が全体の仕事量の90%を占めるまでになっています。
今日では、世界各地の翻訳会社から仕事やトライアルの打診のメールが届きます。そして、ヨーロッパ・北米といった翻訳会社が設定している英日翻訳の料金は比較的よいのですが(分野によると思いますが、私の場合は自動車・機械・電気電子・半導体分野を専門としており、英文1wordあたり12円前後で設定しています)、逆に香港を含む中国、インド、タイ、ベトナムなどが設定している翻訳の料金は、5~6円と欧米の翻訳会社の半分(3~4円といった具合に、三分の一という翻訳会社もある)という低さです。同じアジアでも、欧米の翻訳会社並みに設定料金が良いのがシンガポールと台湾という印象を持っています。肝心な日本ですが、最近は欧米の翻訳会社よりも翻訳料金の低い会社がほとんどであり、インドや中国本土並みに翻訳料金の低い翻訳会社が増えてきています。そうした翻訳会社との付き合いを2年前から徐々に止めるようになった結果、現在では国内の翻訳会社との付き合いは2社のみとなりました。
ところが、折角付き合い始めた欧米の翻訳会社も、9月16日のリーマン・ブラザーズの倒産をきっかけに、めっきりと翻訳の仕事が減り、なかには小生の設定した翻訳料金を下げて欲しいと言ってくる海外の翻訳会社が出る始末です。また、つい最近まではユーローが強かったので、ヨーロッパの翻訳会社を中心に翻訳の仕事を承ってきましたが、最近はひどいユーロー安であり、そのためヨーロッパの翻訳会社から振り込まれてくるユーロを円に換える気が起こらず、もう少しユーロ高になったら一気に円に両替しようかどうしようかと頭を悩ませています。さらに、ドルも他国の通貨に対してドル高になっているのに、何故か円に対してだけはドル安という有様。したがって、アメリカの翻訳会社から振り込まれてくるドルも、当面は塩漬けにするしかなさそうです(尤も、近い将来ドルが紙屑になる可能性も否定できず、1ドル100円を上回ることも余り期待できないことから、タイミングを見て損を覚悟で円に換えるしかないと諦めの境地です)。そうした事情から、リーマン・ブラザーズの倒産以降、新たに取引を始めた翻訳会社に対しては、円建てでお願いすることにしました。ただ、円にしても所詮は単なる紙切れであり、知遇を得ている在米の藤原肇さんにプレゼントしてもらった『石油と金の魔術』を読みつつ、資産の三分の一程度は金にしようなどと色々と対策を考えています。
なお、資産については金を購入する他、株などを購入するという手もあると思います。特に株という投資を考えてる方は、下手なエコノミストや株評論家のブログやホームページを参考にして株を買うのではなく、飯山一郎氏のホームページを参考にすることをお勧めします。飯山さんとは、過日書いた新記事『邪馬台国論争 終結宣言』が縁で知己になりました。
飯山一郎のホームページ
■自分を売り込む
ともあれ、考え方としては国内の翻訳会社だけではなく、広く世界の翻訳会社も対象に入れて自分を売り込むことが肝心です。そのためにも、一番良いのは上記のProZ.comのメンバーになることだと思います。関心を持った読者は、一度同コミュニティにアクセスしてみてください。
ProZ.com
同コミュニティは様々な試みを積極的に推し進めており、最近はProZ.com Certified PRO programという新しい試みを始めました。これは翻訳会社や翻訳者がProZ.com本部に推薦した翻訳者を同ProZ.com本部が審査する形をとり、審査にパスした翻訳者は客観的に実力を備えた翻訳者として認知されたことを意味し、かつそれだけ仕事を獲得する可能性も高まるということになります。幸い、私も数ヶ月前に同審査にパスしました。これからは周囲に居る実力ある翻訳者を積極的にProZ.com本部に推薦していき、英日翻訳のProZ.com Certified PROメンバーを増やし、お互いに仕事を融通し合えるチーム(仲間)ができればと考えています。それには力量ある英日翻訳者をある程度確保する必要があり、そのためにも今後もこの人はと思う英日翻訳者をProZ.com本部に推薦していき、メンバー数を増やしていきたいと思っています。ProZ.com Certified PROの詳細については以下を参照願います。
ProZ.com Certified PRO program
さて、ProZ.comに参加して2年が経った今、朧気ながらも分かってきた海外の翻訳会社が求めている英日翻訳者像について、以下に取り上げておきましょう。一読することにより、翻訳者として今後どのような研鑽を積めば良いのかが自ずと分かると思います。
山岡洋一氏という翻訳家がいます。山岡氏は「翻訳通信」という翻訳関係者には参考になる記事を毎月発行しており、当面は無料で発行する予定とのことなので、関心のある翻訳者は登録することをお勧めします。以下のサイトからダウンロードできます。過去の記事も保管してありますので、関心のある号をダウンロードして読むことも可能です。
翻訳通信 ネット版
さて、最新号の「翻訳通信」(2008年11月号 第2期第78号)の中で、ここ20年間ほどで翻訳の仕事が大きく変わってきたと、山岡氏は以下のように述べています。
語学の仕事だった翻訳が大きく変わったのは、
1980 年代末ごろからだったように思う。産業翻訳は、
1985 年のプラザ合意後の円高で激変した。ひとつに
は、円高のために輸出産業が打撃を受け、製品輸出
に伴って発生していた外国語方向への翻訳が減少し
た。そのうえ、円高で日本の給与水準が高くなった
ためだろうが、外国人が大量に日本に移り住むよう
になり、日本語をしっかりと学んだ外国人の数が飛
躍的に増えた。そのため、日英などの外国語方向へ
の翻訳は、外国人の翻訳者に任せることが多くなっ
た。翻訳は母語方向に行うものという常識がようや
く、日本でも通用するようになったのである。
もっと大きかったのは、たぶん、日本人が外国語、
とくに英語に自信をもつようになり、同時に日本語
にも自信をもつようになったことだろう。1990 年代
になると、翻訳調の翻訳は嫌われるようになる。当
時、外資系企業の翻訳発注担当者から、こんな話を
聞いたことがある。数年前までは、製品カタログの
翻訳が翻訳調になっていないと、もっとバタ臭い文
章でないとありがたみがないと営業部門から苦情が
でたが、いまでは翻訳調だと逆に、これでは顧客が
読んでくれないと文句をいわれるようになったとい
うのである。ほんの数年の間に、翻訳に関する要求
が大きく変わったのである。
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さらに読みたい方は、「翻訳通信」(2008年11月号 第2期第78号)をダウンロードしてください(pdf書式)。
「200811.pdf」をダウンロード
以上、山岡氏の主張を私なりにまとめるとすれば、日本語を母語とする産業翻訳者は、英日翻訳(英語以外の原語もありますが、マーケットの観点から英文が圧倒的に多い)を中心に手がけ、かつ専門分野を絞り、判読するのに苦労するような翻訳調の訳文ではなく、読めばスラスラと頭に入るような自然な和文に訳出する力が必要となるし、このあたりの翻訳力は各自それぞれのやり方で磨いていくべきだと思います。私の場合、ブログに様々なジャンルの記事を書いたり、企業への寄稿などといった形で自身の日本語力を磨いています。山岡氏も以下のように書いています。
これで翻訳はほんとうに面白い仕事になった。翻
訳が「語学」の仕事だった時代には、産業翻訳者は
数年経つと筆が荒れてくるといわれていた。どのよ
うな分野の文書でも、入ってくる仕事を分野を問わ
ずこなしていれば、原文の意味を理解できないまま、
機械的に翻訳していかなければならない。これでは、
筆が荒れるのも当然である。これに対して、原文の
内容を十分に理解し、意味を適切に伝えられる優れ
た文章を書こうと努力するのであれば、翻訳はいつ
も新しい挑戦になる。年数が経てば筆が荒れるどこ
ろか、円熟していけるようになる。だから、翻訳者
にとって、総合力で勝負できるというのはじつにあ
りがたいことなのだ。
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山岡氏の云う「総合力」で勝負できるようになれば、相手の翻訳会社やクライアントが日本国内であろうと、欧米、あるいはアジアであろうと関係なくなります。自分の「総合力」に見合うだけの翻訳料金を支払える翻訳会社を、世界中から探し出しましょう。最後に、本記事のまとめです。
★世界最大の翻訳者コミュニティであるProZ.comのメンバーになる
★山岡洋一氏の云う「総合力」を磨く
なお、山岡氏の云う「総合力」を磨くにあたって、最適な語学学校がありますので以下に紹介致します。関心ある読者は一度アクセスしてみてください。
サングローバル翻訳講座
ProZ.comの仲間である日本人翻訳者に上記の山岡氏の記事を送ったところ、以下のような感想がメールで届きました。知人の翻訳者の専門は医学ですが、他の分野でも似たような傾向にあると思います。
山岡洋一氏のお話を読むと気が引き締まります。
辻谷先生の本を読んでも(ショックを受けつつ)、同じような感情が湧いてきます。
でも悲しいかな、医学翻訳ってまだまだ「へんちくりん」な日本語を良しとする風潮がなんとな~く
あって、「わけのわからん『暴れたろかっ!』という気になるような日本語=格調が高い」と勘違い
してるようなところがあります。この傾向は、日本の製薬企業・医療機器メーカーに多く見られるとい
う話。その反対に外資の会社(某製薬会社と某医療機器メーカーを除く)は、けったいな和訳をすると、フィ
ードバックという名の苦情がきます(特に某社はすごかった。でもたった1回だけやけどホメてくれたし、
勉強にもなったけど)。
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「大不況に関する11月18日付の東京新聞の記事」
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