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2011年4月

2011年4月27日 (水)

昭和は遠くなりにけり

同志が心温まるビデオを作成したので、メッセージと共に以下に紹介いたします。

今や、「明治は遠くなりにけり」どころか、私達の生きた昭和という時代すら、過去の物語になりつつありました。しかし、今回の東日本大震災をきっかけに、私達祖先の遺風を見直そうとする機運が高まりつつあります。同志の運動は、そうした流れから生まれたものですが、同志の運動に賛同頂ける方はご一報ください。お待ちしております。

わが学び舎(廃校)永遠の校歌・新潟県 北条中央小学校

私が小学校3年生まで通った新潟県の農村(現柏崎市)の小学校は昭和43年に廃校となってしまいました。

当時唄っていた校歌のメロディは今も覚えているのですが歌詞は1/4位しか思い出せず長い間気になっていました。

先日、矢張りその後一家が村から引っ越して現在群馬県に住んでいる幼馴染みの二人を訪ねる機会が出来ましたので卒業アルバム(自分は既に転校したので写っていない)や廃校になった後でCD化されていた校歌の伴奏などを探し出してもらい、三人で懐かしい当時を思い出しながら校歌の合唱をして来ました。

何世代にも亘って歌い継がれてきた小学校の校歌というものはその土地の歴史・風土・人情・理想などの熱い想いが込められて歌い上げられており、(廃校になってしまった後も)私たちの胸に脈々と生き続けているものだとあらためて感じました。大変心が洗われた次第です。

全国各地の皆さんに思い思いの「廃校になった小学校の校歌」の動画を作って貰い、ネット上でシリーズ化されたものをリストアップするウィキペディアのようなホームページを作れないものか?などと考えています。

(別の世代の人が別の角度から同じ小学校の動画を作り、複数になっても構わないと思います。)

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2011年4月26日 (火)

後藤組の仁侠

B1110425 筆者は4月6日にををしさという記事をアップし、「後藤組の仁侠が、身体を張って被災者のために動いた」と書いた。すると、4月22日に発売された『月刊日本』5月号に、筆者の話の正しさを証明する記事が載ったので以下に紹介する。

被災地救援ルポ

北北東に進路をとれ! いち速く被災地に乗り込んだ「G-RISE日本 憚りながら支援者後援」

01  3月11日午後2時46分、三陸沖を震源地とするマグニチュード9の巨大地震が発生した。直後の津波、さらに福島原発事故と、予測だにしなかった大惨事により、我が国は肇国以来の試練に直面している。この大惨事で死者行方不明者は3万人を超え、避難住民はピーク時で30万人にも及んだ。

 巨大地震と津波によって引き起こされた福島原発の放射性物質の拡散は事態をより深刻なものにしている。

 地震と津波の直後、福島第一原発の2つの原子炉でメルトダウン(炉心溶融)が始まり、翌12日午前、菅首相は半径10キロ圏内の住民に対し避難命令を発令した。その直後に1号機で水素爆発が発生、避難指示の範囲は半径20キロ圏内に、現在はさらに半径30キロに拡大されている。

 4月12日には福島原発の事故評価がチェルノブイリ原発事故と並ぶレベル7に引き上げられた。管首相は内閣参与に「原発周辺には20年は住めない」と漏らした。

 我が国にとって実に重大なる危機であり、「国難」と言うべき事態である。

 いま我々、国民一人ひとりが、この非常事態にどう臨み、どう行動すべきかを問われている。

 地震発生からーヵ月余、東日本は危機的状況の中で呻吟しているが、地震直後の3月12日、福島原発事故の避難民に救援物資を届け、被災者を激励しようと即刻行動に移した人たちがいる。震災救援隊「G-RISE日本」だ。

B1110426_2  リーダーは夏井辰徳、故野村秋介の門下生で、現在は野村の親友だった後藤忠政に薫陶を得て活動している。後藤は昨年、自著『揮りながら』を上梓してベストセラーになった。また袴田巌死刑囚の冤罪事件をテーマにした映画『BOX袴田事件-命とは』をプロデュースし、モントリオール映画祭に出品されるなど話題を呼んだ。夏井はこの映画『BOX』の脚本家だ。

 今回の地震発生直後、後藤は夏井らと早急に被災地の救援しなければならないと決意、即座に実行に移し、「日本の魂、精神の復興」を目指す震災救援隊「G-RISE日本」を結成した。

 夏井と副代表の徐裕行の2人は12日午後、先発隊としてワゴン車一杯に水と食糧、缶入りのガソリンを詰め込んで出発した。通行止めになった高速道路を避け、国道4号線を一路北上し、翌13日午前3時、福島県須賀川市内に入った。

 須賀川市内の道路には亀裂が走り、陥没箇所もあった。全戸で断水、ガソリンスタンドも全店休業状態だった。この時、すでに福島原発3号炉で水素爆発があり、半径20キロ圏内に避難指示が出されていた。

 夏井は現地の福島で確認した被害状況や東京の救援本部との協議の結果、地震、津波被害だけでなく、放射能被害の危機に晒されている南相馬市に救援物資を持って行くことになった。

 南相馬市は地震、津波によって、海岸付近はほぼ壊滅状態となり、300人余の住民が死亡、l000人余が行方不明となり、5700人以上が避難生活を余儀なくされていた。

 14日早朝、南相馬市に入った夏井は避難所の小学校の校庭にワゴン車を止め、仮眠をとっていた。14日午後10時過ぎ、突然ジープに乗ってやってきた自衛隊員が体育館に避難していたl000人余の住民に、こう告げた。

「上からの命令で我々に退避命令が出ました! 皆さんを置いていくのは大変心苦しいが、命令である以上、従わなけれぱなりません。私見ですが、ここは安全ではありません。逃げられる方は今すぐ逃げて下さい!」

 自衛隊員はこう告げ、ジープに乗って走り去った。

 館内は騒然となった。避難住民パニックに陥り、住民は悲鳴を上げて出口に殺到、大半の人はマイカーに分乗して福島萬方面に逃げ出した。避難住民には屋内避難の指示が出ているにもかかわらず、自衛隊には危険だから退避せよとの命令が下されたのだ。半数以上の人が体育館から逃げ出したが、逃げる車も、体力のない高齢者だけが体育館に取り残された。

02  14日深夜、東京の「G-RISE日本」本部から、2台のトラックが南相馬市を目指して出発した。トラックには、老若男女用下着、Tシャツ、手袋、ペットボトルの水が満載されている。

 2台のトラックは北関東道、東北道を抜け、15日正午過ぎに夏井の待つ南相馬市立石神小学校に到着した。水や毛布、下着やトイレットペーパーなどを降ろした後、1000人余が避難している石神中学校に移動、4tトラックー台分の救援物資を提供するなど、避難所数個所を半日がかりで回った。

 ここ南相馬市には屋内退避指示が出されため救援物資が届かず、「陸の孤島」と化していたのだ。

 救援物資を配り終え、トラック部隊が東京に戻ろうとしていた15日夕方、市職員が夏井のもとに駆け寄ってきた。「救援物資は有り難いのですが、それ以上に避難住民が望んでいるのは、ここからの脱出なのです。

 ここに残されている人は津波で全て流されてしまい、着の身着のままで辿り着いた人、高齢や体の不自由な人など、逃げたくても逃げられない人ばかりです。この窮状を私たちに代わって福島県に伝えてもらえませんか」

 夏井は福島県知事と直談判すべく、16日深夜、県庁に向った。翌17日早朝、県庁に着いた夏井は知事との面会を申し入れたが会えず、災空且刈策室長に南相馬の窮状を訴えた。

「県庁からバスを出し、避難所に残された住民たちを救い出して欲しい」

03  夏井は災害対策本部に詰めていた地元テレビ各局記者のインタビューに応えて南相馬の実情を伝え、対策本部を出ようとした。その時、複数のテレビ局記者が駆け寄り、夏井にこう言った。「このハンディカメラをお貸ししますから、南相馬の様子を撮影して欲しい」

 彼らテレビの記者は、自らは安全地帯にいて、放射能汚染で危険地域とされた場所の撮影は他人に任そうというわけだ。夏井は「それはあなた方の仕事じゃないですか」と、即座に断った。

 夏井らの要請を受けた福島県庁は直ちに、南相馬市の避難住民救出のためバスを出発させた。バスは17日夕方、「陸の孤島」と化した南相馬市の避難所に到着した。

 福島県いわき市も南相馬と同様、屋内避難の風評被害の影響で支援物資が届かず、住民はいらだっていた。

「G-RISE日本」は、いわき市へのトラック部隊派遣を決めた。

 トラックには、バナナ、ミカンといった果物、タオルやトイレットペーパーなどの生活必需品に加え、被災地で極度に不足していた灯油などの燃料が一杯に詰め込まれた。

 避難所になっている中学校に到着したトラックから灯油が下ろされた。その瞬間、避難住民から歓声が上がった。

 トラック部隊は20日にも、いわき市に入った。10tトラックー台には水、4tトラック2台には米、インスタントラーメンなどを積み込み、いわき市内の避難所となっている体育館や中学校に運び込んだ。

04  いわき市の避難所を回って救援物資を配ったが、残った物資は北茨城市の市役所に搬入した。

 救援活動に当った「G-RISE日本」のメンバー10名余は疲労困憊気味だった。しかし、一連の活動を終え、晴れ晴れとした表情で現地を後にした。

 3月15日から20日にかけて、後藤が組織した「G-RISE日本」が被災地に届けた救援物資は驚くべき量だ。

 水が約20トン、米や乾麺、果物など食糧12トン、毛布4000枚、下着など衣類4トン、タオルやトイレットペーパーなどの生活必需品約2トン、加えて灯油ドラム缶4本分(800リットル)にも及んだ。

 東日本大震災は我が国に未曾有の惨事をもたらし、いま日本国は存亡の渕に立たされている。

 我々日本人の一人ひとりが、危急存亡の時に、「自分は祖国のため、同胞のために、何ができるのか」を、問われている。

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2011年4月20日 (水)

真の愛国者

毎日必ずアクセスしているのが、ブログ友である飄平さんの【つむじ風】だ。飄平さんの書いている記事は優れており、筆者は賛意を示すコメントを、ブログ【つむじ風】に数多く投稿している。しかし、昨日の記事「緊急特番・東日本関東大震災の真相は!?」に関しては、異論を唱えておきたい。それは、ベンジャミン・フルフォード氏についてである。

B1110420 フルフォード氏がアメリカに入国する時、フリーパスで入国しているという情報を、大分前になるが筆者の道友が教えてくれたことがある。その時、道友が引き合いに出したのがビル・トッテン氏で、同氏の場合は母国アメリカに帰国すると、空港で徹底的に取り調べられたという。それは、同氏が「米国政府のホームランド・セキュリティ・エージェンシー」のブラックリスト」に載っているからなのだ。このあたりの経緯は、ビル・トッテン氏の『愛国者の流儀』(PHP研究所)を参照のこと。逆にフリーパスで入国できるフルフォード氏は、ブラックリストに載っていないことを意味する。

次に、筆者は皇室のインナーサークルである栗原茂氏との接触があることから、皇統奉公衆(栗原氏の造語)とは、どのような存在か筆者なりに知っているつもりだ。フルフォード氏も、皇統奉公衆のことを指していると思われる、組織「結社・八咫烏」云々について以下のページで取り上げているが、出鱈目もいいところだ。
八咫烏(やたがらす)と裏の天皇が動き出した

なお、フルフォード氏の云う「結社・八咫烏」、すなわち皇統奉公衆については、拙稿で簡単に述べたので参照のこと。
『真贋大江山系霊媒衆』

さて、飄平さんが上記の記事で紹介してくれた、フルフォード氏のビデオを見た。英語だが、字幕が入っているので理解しやすいと思う。

最初に、基本的に賛同できたフルフォード氏の発言は、以下の二点だ。

間もなくフリーエネルギーが実現するだろう。
今回の東日本大震災は地震兵器(ハープ)によるものである。

しかし、その他のフルフォード氏の発言は信用できない。たとえば、フルフォード氏は以下のように述べている。

アメリカの船や潜水艦は日本の北東部に移動し、そこで海底深くに核爆弾を仕込み、津波を起こして災害をもたらしました。

B1110419 確かに、『巨大地震は水素核融合で起きる!』(山本寛著 工学社)にもある通り、海底に核を仕掛けて地震(津波)を引き起こすことは、理論上可能である。しかし、そうしたことができるのは、何もアメリカだけに限ったことではあるまい。ロシアや中国にはハープを駆使できる技術がないとでも断言できるのか。そのあたりをフルフォード氏は、何故調べないのか不思議である。

ジョージ・ブッシュ(父)、キッシンジャー、デビッド・ロックフェラー、ジェイロックフェラー、ローマ法王、チャールズ皇太子

フルフォード氏は、人工地震を引き起こしたのは、上記に示すCFRのトップであると主張するが、眉唾物だ。筆者の認識は、本当に世界を動かす人物、すなわち上記の者たちを操っている支配者層が存在し、支配層はマスコミには登場していないと考える。

次に、筆者は過日の拙稿で以下のようなコメントを書いた。

今日の日本政府が民草を大切にしないのには理由があり、敗戦後のGHQによる支配が目に見えぬ形で今日も続いているのが大きいと思います。敗戦当時の日本政府や警察は頼りにならなかったので、GHQが日本の治安維持に利用したのが仁侠の徒でした。しかし、今日では逆に仁侠の徒が邪魔になったので、彼らの息の根を止めるために発布されたのが、あの悪名高い暴対法(暴力団対策法)でした。

情報は命に直結する(3)

ここで、改めて『愛国者の流儀』に目を通すと、上記の筆者の主張が、同書の第1章・第2節「巧妙に奪い取られた戦後日本の愛国心」(p.30)に書かれていることが分かるのだ。

我々は、GHQの呪縛を我々自身で解かなければならない。その意味で、震災後に日本人のライフスタイルが、大きく変貌を遂げると思われる今日、波乱の世の中を生き抜くための羅針盤と成り得る、『愛国者の流儀』の一読をお勧めする。

真の愛国者トッテン氏に対して、フルフォード氏の場合、上記のビデオで以下のように発言しているが、お里が知れるというものである。

私達は大きな諜報組織の支援を受けています。その中にはヤクザ、CIA、ペンタゴン、M16、英国安全局の人々もいます。

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2011年4月19日 (火)

Twilog を始めました

本ブログ以外に、以下のブログも始めました…

サムライ(@fibonacci2010) - Twilog

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2011年4月15日 (金)

情報は命に直結する(4)

情報は命に直結する(3)で紹介したチェルノブイリ原発事故のビデオは、25年後の福島原発を映していると筆者は書いたが、先ほど飯山一郎さんのHPを見て、既に被曝した人たちが続出していることを知った。

最初に、ツイートで鼻血について情報が飛び回っているので、以下をクリックして確認して欲しい。
東日本大震災後の4月14日ごろからの鼻血と喉の痛みを訴えるツイートまとめ

上記のツイートでも紹介されているが、チェルノブイリ原発事故で被曝した人たちを取り上げた、以下の記事は貴重だ。検索機能を使って、鼻血に関する行だけでも目を通すといい。
チェルノブイリ原発周辺住民の急性放射線障害に関する記録

最後に、飯山一郎さんが「◆2011/04/14(木) 放射能が降る街に住み,しぶとく生き残る知恵!」という連載記事を開始している。被曝の恐ろしさを悟った方は、是非飯山さんのHPにアクセスして欲しい。なお、以下は本日の飯山さんのHPに載った被曝と鼻血の相関性についての記事。

◆2011/04/15(金) 悲しくも重大なニュース
とうとう恐れていた事態になってしまった.
被曝による放射能障害の自覚症状が,ネット内で大量に訴えられているのだ.
自覚症状とは,鼻血である.
鼻血は,放射能被曝の典型的な初期症状である.
しかも,内部被曝・体内被曝の隠しえない証左である.
例によって(国民の健康などどーでもいい)マスコミは一切報道しない.

なぜ鼻血がでるのか?

セシウム・ヨウ素などの放射性物質を吸いこむと…,
鼻腔の粘膜細胞や毛細血管細胞が放射線(電磁粒子)によって破壊される.
当然,血がにじみ出てきて,出血症状を呈する….

もしも鼻血が出たら,鼻腔や喉を水で洗浄し放射性微粒子を洗い流して下さい!

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2011年4月13日 (水)

情報は命に直結する(3)

二週間近く前の4月1日だったと記憶している。いつも優れた智見を示し、かつ貴重な情報を提供している飄平さんのブログ、【つむじ風】が突然閉鎖された。(その後、復活したので一安心…)閉鎖のきっかけとなったのは、渡邉正次郎という評論家が書いた、以下の記事を引用したためらしい。
連続スクープ!!電力会社は暴力団の永久資金源!!原発作業員はすべて身元不明のプータロー。作業員送り込みは暴力団とフロント!!

記事元の渡邉氏にはお咎め無しで、同氏の記事を単に引用したに過ぎない飄平さんのブログを、サーバー元のOCNが閉鎖したというのも不思議な話だった。それは、過日ヤフーが飯山一郎さんのホームページを事前の断りなしに、しかも二度にわたって強引に閉鎖したことを思い出させるに十分だった。
強制的に閉鎖された、飯山一郎氏のサイト

ともあれ、渡邉氏の方にも何等かの圧力がかかったのだろう、同記事は既に削除されている。しかし、事は既に遅く、ネット上では千単位のサイトで同記事が引用されているのが分かる。筆者も簡単に問題の記事を探り当てることができた。そして一読してみて、問題となった箇所は以下の2ヶ所だと思った。

    「原発の作業員と清掃員は全員身元不明のプータローです。仕込みは関西の広域暴力団で、大阪の西成とかで多くを集め、足らなくなれば東京支部の連中に山谷、新宿周辺からも集めています。もちろん、募集の窓口は孫受け、曾孫受けですが、現場で声をかけるのはチンピラもいます。しかも、原発作業を隠して集めるんです」

    「そうです。何万人も死んでますよ。約50年間でしょ。全国の原発は55です。全部は活動していませんが・・作業員や清掃員は一ヶ所数人じゃないですよ、一日数百人から1000人以上送り込まれるんです。単純計算でも・・・。

要するに、「日本に原発が誕生してから約50年の間に、何万人という単位の人間が死んでいる。危険な原発の作業は普通の人間はやらないから、東電は暴力団を使って身元不明の人たちを掻き集め、原発の現場に送った」ということが、公にされたということに過ぎない。

ただ、渡邉氏の上記の記事で気付いた疑問を述べておきたい。それは、「仕込みは関西の広域暴力団」という行である。ここで言う“関西の広域暴力団”とは、どこを指しているのか? 関西に本拠を置く“暴力団”は四組織ある。山口組(神戸市)、東組(大阪市)、酒梅組(大阪市)、会津小鉄会(京都市)だ。この中で“広域暴力団”と言えるのは山口組しかなく、渡邉氏は直接名指しをしなかったものの、暗に山口組が問題の“広域暴力団”と言っているのも同然なのだ。

これは渡邉氏に限った話ではなく、ベンジャミン・フルフォードというカナダ人が、やはり山口組を相手に、同組の本部前で抗議している動画がある。

筆者は幾度か本ブログにも書いているとおり、阪神淡路大震災で真っ先に被災者に手を差し伸べたのが山口組であり、過日出所した山口組の司忍組長は真の仁侠の徒であることを知っている。渡邉氏やフルフォード氏が意識してか知らずか、日本の仁侠を巧妙に貶めようとしているのではと思ってしまうのは、筆者の考え過ぎなのだろうか…。いずれにせよ、渡邉正次郎氏とベンジャミン・フルフォード氏の奇妙な一致は、頭の片隅にい入れて置いて良いだろう。なお、仁侠と暴力団を混同している向きは、以下の拙稿を参照のこと。
『侠-墨子』

話が横道に逸れてしまったが、「再び強制的閉鎖されるのでは」と、飄平さんが恐れながら自身のブログで紹介してくれたビデオがある。「Chernobyl: A Million Casualties」と題したビデオだ。

そして以下は、同ビデオを紹介した飄平さんの記事である。
チェルノブイリ100万人の犠牲者!! これが真実!!

これは爆発から25年が経つ、チェルノブイリ原発事故の現在を語る貴重なビデオである。4月12日、保安院が福島原発を「レベル7」に引き上げたが、ビデオに映るチェルノブイリ原発事故もレベル7であり、25年後の福島原発がビデオの中に映っていると言っても過言ではない。ともあれ、ビデオを見れば分かるように、旧ソ連の政府がソ連国民の命など、虫けら程度にしか思っていなかったことは容易に見てとれるだろう。同様に、足尾銅山鉱毒事件から始まって近年は水俣病など、実例に事欠かない日本の政府も同じ穴の狢である。

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2011年4月12日 (火)

東日本大震災とツラン

現在の福島原発問題に絡み、世界戦略情報誌『みち』の栗原茂稿に、近く重要な情報が載る予定である。以下に、その一部を引用しておこう。

日本列島は電力会社を必要としなくなり、発電所も変電所も電線も必要ない電力供給が可能な社会を生みだすだろう。

この文章が何を意味しているのかと言えば、日本には原発は無論のこと、水力発電所や火力発電所すら無くなっても、今回の東日本大震災以前のような電力需要を、賄うだけの“未来技術”が既に実現していることを意味している。それが実現すれば、当然のことながら東電のような会社は、最早無用の長物となるのだ。

栗原氏本人から数回にわたって、“未来技術”についての情報を直接耳にしているので、遠からず実現するだろうと朧気ながらも思っていたが、数日前に入手した本を読み、“未来技術”が実現すると確信するに至った。その書籍とは、『放射能で首都圏消滅』(古長谷稔著 三五館)という本であり、その第123ページに、京セラの設立者で現在は日本航空の会長を務める、稲盛和夫の名を見出したのだ。詳しくは筆者が以下に画像ファイルにしたものをクリックして欲しい。
B1110412  Hama

B1110410 恐らくは、ネット社会では稲盛和夫という人物は、胡散臭い人物に思われているはずだ。筆者も『京セラ 悪の経営術』(瀧本忠夫著 イーストプレス)といった本を読んでいただけに、稲盛氏に対して余り良い印象は持っていなかった。筆者の稲盛氏に対する印象がガラリと変わったのは、上記の栗原茂氏から稲盛氏に関する情報を得たからである。端的に云えば、稲盛氏は平成の瀬島龍三と言ってもよく、瀬島龍三や稲盛和夫のように世間では余り良く思われていない人物が、実は裏では日本のために重要な仕事をしていたのだ。

ここで瀬島龍三に関して述べるとすればいろいろな人たちが瀬島龍三について書いているものの、残念ながら瀬島龍三の本当の姿を描いたライターは、筆者が目を通した限りは皆無だ。

B1110411 たとえば、保阪正康というノンフィクション作家がいる。保阪氏も、『瀬島龍三 参謀の昭和史』(文藝春秋)という本を著している。同書に目を通せば分かることだが、保阪氏の瀬島に対する評価は低い。筆者も栗原氏の話を聞くまでは、保阪氏同様に瀬島龍三には良い印象は持っていなかった。しかし、事実はそうではなかったのである。

Sejima    Inamori

横道に逸れてしまったが、今言えることは、今年から再来年(2013年・皇紀暦2673年)にかけて、世界は大きく変貌を遂げるということだ。上記の栗原稿にはツランについても書いているので、ここに引用しておこう。

いま地球圏は文明激動の転換期にあり、日本の近未来に例えれば、天皇制に集う日本人の兄弟ツラン民族が続々と日本へ向かう姿が映し出される。

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2011年4月 7日 (木)

地縁の復活

B1110407 今週の金曜日、下の息子が合格した県立高校の入学式がある。入学時に提出する書類に保証人欄があったので、下の息子を車に乗せて義叔父宅を訪問した。叔母の家は隣が温泉旅館という、風光明媚な地にある。最初、長い間訪問しなかったことを詫びた後、息子の高校の保証書などに記入して戴く。お茶を飲みながら近状報告をしているうちに、いつしか話題が東日本大震災に及んだ。家庭菜園についても、義叔父に色々と尋ねてみた。義叔父の盆栽を育てる腕はプロ級であり、また近くに土地を借りて四季折々の野菜、特に葉茎菜類を中心に栽培している。

筆者が今回の大震災や福島原発をきっかけに食糧が高騰し、さらには食糧危機に陥る可能性もゼロではないという話をすると、ジャガイモなどの芋類、タマネギなどの茎菜類は、長期にわたって保存できるので買えば済む話、むしろ長くは保存できない葉茎菜類を栽培すれば良いだろうと義叔父は話してくれた。なるほど、食糧の高騰といった段階であれば義叔父の言う通りである。ただし、食糧危機という段階に突入したら、自分としてはジャガイモを中心に育てるつもりだ。今年の2月26日に放送された、NHKハイビジョン特集「じゃがいもが世界を変えた」を見ているだけに、なおさらである。

心配な点は食糧だけではない。放射能という目に見えぬ恐怖もある。

筆者の場合、福島原発が最悪中の最悪の事態に至った場合を想定し、いつでも遠方に避難できるように手荷物をまとめて枕元に置いてある。数日前、兄弟にその旨メールしたところ、「兄貴らしくない(考えすぎだ)」という返信が来た。さらに、「俺は仕事があるから、東京を出るわけにはいかない」とも付言してあった。ただ、筆者が弟に送ったメールには、藤田祐幸氏のビデオ「慚愧の思いで語り直す福島原発事故」を教えてあるので、いずれビデオに目を通して福島原発の現実を知ってくれることを願いたい。

B1110406 ともあれ、最悪の事態が起きる確率はゼロに近いとはいえ、決してゼロではないのだ。それなのに、最悪の事態を想定して準備あるいは行動するのが苦手な人が、日本には多いような気がする。今、神計らいで読んでいる『皇道 - 日本の精神文化 -』(葦津大成著 葦津事務所)の前書きにも、以下のような行があった。なるほどと思う。

「予想されるいくつかの可能性の中の安易な楽観的観測にすがり、最悪の場合への備えを考えない緊張感の欠如は、現代にも引き継がれている日本国の致命的欠陥でしょう」(『皇道 - 日本の精神文化 -』 p.9)

今すぐに住み慣れた土地を離れないと、今日明日の命にかかわるという、最悪中の最悪な事態になれば、仕事など放り出して即座に避難するのは当然だろうが、そこまでには至らない中程度の事態、すなわち近未来にガンになる確率がグーッと高まったといった事態なら、仕事があるから家に残るというのも、それはそれで自分で決めたことだから、傍からとやかくは言えない。ただし、中高年はともかく、これからという若者、特に乳幼児がいる若いご両親は我が子の将来のため、真剣に住み慣れた東日本の地を出ることを考えるべきではないのか。

ここで嬉しいニュースを一つ。放射能に汚染された東北や関東の大地から、大半の放射能を除去する術が存在する。それは、飯山一郎さんの長年積み上げてきたノウハウだ。例えば、4月4日の記事「放射能を除去する!簡便な水処理装置」を読んでみるとよい。小生も翻訳という仕事を続けながら、家族が食っていけるだけの食糧を作っていきたいと思っていたので、その点、関東平野は秩父山地の麓に住む者として、飯山さんの技術は心強い。
飯山一郎のLittleHP

ともあれ、親戚という血縁もさることながら、「遠い親戚より近くの他人」とあるように、地縁社会を見直し復活させる必要性を感じる今日この頃だ。『危機の構造』を著した故小室直樹は、アノミーが日本を崩壊させると嘆いておられたが、今回の大震災をきっかけに、筆者だけではなく他にも多くの人たちの中に、かつて共に助け合って生きていた昔の日本を見直し、とり戻そうとする動きが出てきている。そして、それこそ山浦嘉久氏が云うところの「近代化を放逐し、日本的霊性を取り戻さねばならない」を実現するための、幾つかある登山ルートの一つなのかもしれない。

以下は最新号の『ビッグコミックオリジナル』(4月20日号)で、「玄米せんせいの弁当箱」の一コマである。ここにも、震災をきっかけに日本再生の道を模索しようとする姿勢が読み取れるではないか。

Genmai01  Genmai02

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2011年4月 6日 (水)

ををしさ

昨日言及した今上陛下のビデオメッセージの中で、以下の冒頭の御発言に注目したい。

この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています

この雄々しさだが、以下の明治天皇の御製を意識されたものだと思われる。

敷島の大和心のををしさは 事ある時ぞあらはれにける

ををしさ(雄々しさ)とは、教育勅語にある一旦緩急あれば、義勇公に奉じると重なるのであり、まさに国難に直面した東日本の人々の心に、身に、雄々しさが漲っているのだ。ここで、評論家の佐藤優氏の講演会に出席した同志が、佐藤氏が「ををしさ」について言及したビデオを撮ったと教えてくれたので、以下に紹介しておこう。

Skypeで海外の友人とも語り合ったが、やはり日本人の持つ雄々しさ、そして冷静に行動する日本人の姿に、胸を打たれたという人たちが多く、同じ日本人として誇りに思う。

数日前になるが、夕食時に何気なくテレビの画面を見ると、気仙沼市の小学校の卒業式の様子が放映されていた。卒業式の後、インタビューを受けていた小学校六年生の女の子が、「(行方の分からない)お母さんにも出席して欲しかったです」と、淡々と答えている健気な姿を見て、思わず熱いものがこみ上げてきた。ここにも大和撫子の雄々しさを垣間見た思いだった。

小学校六年生の女の子や他の被災者だけではない。被災した東日本の人たちのため、懸命に取り組んでいる10万人の自衛隊員の方々、福島原発において命懸けで取り組んでいる東電の関係会社の社員、また東芝や日立の社員には、本当に頭の下がる思いだ。そして、関西大震災で真っ先に救助の手を差し伸べたのが、山口組の仁侠だったように、今回は仙台をホームグラウンドとする後藤組の仁侠が、身体を張って被災者のために動いたことは明らかにしておかねばなるまい。仁侠については拙ブログでも取り上げたので、関心の有る方は一読のこと。
『侠-墨子』

以下は、本日(4/6)付けの東京新聞朝刊

 

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2011年4月 5日 (火)

大御心

今回の東北大震災で、死者・行方不明者合わせて3万人近い方々の尊い命が奪われた。生き残った者も、もしかしたら福島原発が最悪の事態を迎えるかもしれないという、不安な日々を送っているのが実情だ。

そうした状況の中、過日のビデオテープで今上陛下が大御心を述べられたのである。そのビデオを見て、改めて未来に向けて力強く進んでいこうと、心に誓った人たちも多いはずだ。

そして、近く発行される世界戦略情報誌『みち』の栗原茂稿に、「今上陛下は御健在その大御心が発せられており、一般人は知らなくても皇統奉公衆が今時(こんじ)に備え滞在していた」と書かれた稿が載る。66年前に原爆が投下されるという国難に遭遇した時、昭和天皇陛下の下に世界中から日本に集結したのが、この皇統奉公衆であった。そして今度は原発の破壊という新たな国難に直面したが、やはり今上天皇陛下の下に再び皇統奉公衆が日本に集結していたのだ。

今の日本には政体が形では存在しているものの、最早死に体も同然である。それでも、依然として日本が持ち堪えているのは、皇統奉公衆の存在が大きいのである。皇統奉公衆と言っても何のことか分からず、初めて耳にするのという人たちも多いと思う。よって、皇統奉公衆に関しては、天童竺丸氏が『みち』に書いた、以下の記事がネットに公開されているので一読されたい。
巻頭言 -「大和へ、そして吉野へ 3」

続いて紹介しておくべきビデオが、もう1本があるので以下に紹介する。これは『月刊日本』4月号に載った、山浦嘉久氏の「天の怒りか地の声か」という記事を朗読したビデオであり、心ある読者には必見と云えよう。

近代化を放逐し、日本的霊性を取り戻さねばならない」という声に、読者はどう応えるのだろうか。

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