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2010年12月

2010年12月 3日 (金)

里山が危ない!

突然降って湧いたように、今までは三面記事程度にしか取り上げられなかったTPP(環太平洋戦略的経済連携)が、ここにきて急にクローズアップされるようになりました。そもそもTPPとは何か、日本はTPPに参加するべきなのか否か、といった点について最も正鵠を射ているのが、昨日の12月2日に発行された『行政調査新聞』の記事でしょう。

TPP は「日本復活」の鍵か、「日本消滅」への一歩か
――高度に仕組まれた計画の本質を見抜け――

この記事では、TPPの背景およびTPPに仕組まれた罠などを、鮮やかに炙り出しています。詳細は同記事に譲るとして、今回は筆者なりに同記事の中から印象に残った、数点について言及したいと思います。

■ 稲文明vs.麦文明

はるか昔、恐らくは1500 年ほど前に、本
来は熱帯植物である稲が日本列島に持ち込
まれた。大陸とは異なる狭い土地。丘陵地
や山岳に挟まれた猫の額ほどの土地に、日
本人の祖先は稲を植え、水田農業を開始し
た。しかしそこは、狭いだけではなく、熱
帯とはほど遠い寒冷地で、地震、台風とい
った自然災害に襲われる過酷な場所だった。

そんな条件の下で、日本人の祖先たちは
耐えた。荒地を開墾し、寒冷地対策を行い、
品種改良を研究し、たびたびの凶作、飢饉
にも耐えた。1500 年以上も耐え続けた。

こうして日本人のDNAに「技術力」と
「団結力」が備わっていった。1500 年間の
間に育てられた日本人固有の技術力、団結
力は、稲作農業によって仕込まれたものだ
った。
『行政調査新聞』12月2日号の記事より

この行を読みながら咄嗟に思い出したのは、「豊葦原瑞穂国」という言葉です。さらに、『世界戦略情報 みち』平成22年5月15日号に載った記事、「アッシリア文明史論」の「新王国期前夜の騒乱図」という項にあった、米と麦についての記述も念頭に浮かびました。その項は本稿の最後に転載しておきますが、要は文明の骨格を成すものの一つが、米あるいは麦といった主食であるという点です。これは米を基本とする文明と麦を基本とする文明とは、根本から異なることを意味する非常に斬新な視点であり、本ブログの古事記シリーズにおいて、いずれは取り上げなければならないテーマの一つですが、今回は本記事の最後に転載するのみに留め、今後において古事記の研究を進めつつ、自身が納得できた段階で記事にしたいと現時点では考えています。

■共同体の崩壊

昭和20 年の敗戦から高度成長期まで、日
本を支えてきたのは、戦前の「一君万民」
思想を引き継いだ「団結力」だった。「終身
雇用制」に支えられた家族的、あるいは宗
教的ともいえる「共同社会」。

あるいは、封建時代に「長いものには巻
かれろ」と言い聞かせながら、結果として
地頭に勝ち、泣く子に勝ってきたのは、日
本人の組織力がなせる技だった。

土地も資源も持たない日本が世界と対等
に戦えるのは、1500 年間にわたって日本人
を育んできた稲作農業であり、そこから導
き出された技術力、団結力のお陰だった。
技術力と団結力が残れば、日本は再度復
活できる!

その確信が、日本人にはある。そして日
本人以上に、その確信を持っている世界中
の権力者たちがいる。日本人に技術力と団
結力を蘇らせたら、また必ず、日本は世界
に号令を発する国になる。

そう考えた“ひと握りの権力者”たちが、
日本農業を根底から破壊しようとする。
『行政調査新聞』12月2日号の記事より

B101203 上記の文章で述べる「戦前の一君万民思想」、すなわち戦前の共同体社会は、昭和20年の敗戦とともに崩壊しました。「戦前の一君万民思想」は、「太古の昔から稲作農業によって仕込まれた日本人固有の技術力、団結力」が土台になっていたことは云うまでもありません。そして戦後は共同体社会の精神が、会社という組織に潜り込んだのでした。このあたりについては、故小室直樹博士の名著『危機の構造』(ダイヤモンド社)を一読されることをお勧めします。

ともあれ、1955年から1973年までの18年間にかけて、高度成長期を日本は謳歌したわけですが、年功序列や終身雇用という言葉で表された日本の企業も、昨今の派遣社員や格差社会といった言葉が如実に示すように、小泉純一郎と竹中平蔵によって全く見る影も無くなくなったというのが、今の日本です。

■里山を守れ!

最後に、上記の行政調査新聞の記事でも里山(さとやま)について言及していましたが、TPPというのは心の生琉里である里山を破壊する元凶となり得るものです。その里山とは何かについては、以下のビデオを是非ご覧ください。

豊穣の里山

中野剛志先生のよくわかるTPP解説
日本はTPPで輸出を拡大できっこない!

以下のビデオも優れた作品です。

里地里山 ~自然と共に生きる知恵・命を育む場所~

「豊穣の里山」では後継者問題が取り上げられていますが、昨日の東京新聞によれば、農業を目指す若者も一部にいるようです。

101202_tokyo_01  101202_tokyo_02

↓ 以下、『世界戦略情報 みち』平成22年5月15日号p.13から抜粋

●新王国期前夜の騒乱図
  通説によると、古代エジプトの時代区分は、プトレマイオス朝つまりマケドニアによる王朝征圧が確立されたとき、神官マネトーが最初の統一王朝ナルメル王の出現来(らい)その歴代ファラオの系譜(けいふ)を整え、王朝を三一に区分その年代記をまとめ、さらに宗教的特徴を含む社会また政治の有り様に基づく区分を併用(へいよう)したとされる。後段(こうだん)の場合は、初期王朝時代に始まり、古王国時代・第一中間期・中王国時代・第二中間期・新王国時代・第三中間期・末期王朝時代・プトレマイオス朝時代のように区分され、前三〇年ローマの属州とされる間の約三〇〇〇年に限定その呼称を定めている。本稿の新王国期とは、王朝三一区分中の第一八~第二〇で新王国時代を指すが、それは前一五六五年ころ~前一〇七〇年ころまで約五〇〇年の間に当たり、前一五九五年にはヒッタイトがバビロニアに侵攻このとき種族(うから)不詳(ふしょう)のカッシートが出現しており、前一五七〇年には同じく種族不詳のヒクソスが王権を奪還(だっかん)され消えている。
 新王国期前夜(ぜんや)オリエントは、西方北部アナトリア半島が拠点のヒッタイトにより、東方文明が拓(ひら)いたロードマップを寸断(すんだん)されるが、その起因するところは、文明を覇権で制する安易な発想法にあり、そのDNAはムギを主食とする文明そのものにある。ユーフラテス川やチグリス川のムギに対し、ナイル川に巣立つDNAにはイネが混じっており、それは長江にもインダス川にも同様の痕跡が見られる。地域を定め古代文明の発祥地と訳(やく)すオリエントではあるが、定住を好み移住を嫌うエジプトの内治策は、単なる政策よりも人命を司るDNAに左右されるのが自然であり、主食をイネとするかムギとするか、その日常的習慣を種族(うから)の変遷に加えなければ、人種の分類など奇怪千万(きっかいせんばん)、さらに氏姓鑑識などに及ぶ博識(はくしき)は得られようもない。仮にもナイル川ほか、長江もインダス川もイネを食する文明の痕跡があるため、ユーフラテス川やチグリス川とは異質性が表われるのだ。
 東地中海の北岸(ほくがん)アナトリア半島には、ヒッタイトのほか小アジアを形成した移住の種族(うから)連合があり、それは地中海に突き出るバルカン半島突端(とったん)のギリシア先住民とされ、移動は前二〇〇〇年以前とも、前一七〇〇年以前ともいわれる。前記「トロイの木馬」項で少し触れたが、北岸アナトリア半島と南岸(なんがん)エジプトの間にはキプロス島が浮かび、その西側に浮かぶクレタ島はギリシャ神話発祥の地であり、ギリシアに隣接する北部マケドニアから出る大王(だいおう)がアレクサンダーとされる。また地中海東岸(とうがん)シリア方面には、オリエント発祥と同時期に形成された集落地が混在しており、それは次第に緒王国を分立させる時機到来(とうらい)の波動と連なっている。一般的に青銅器時代とは、前一五〇〇年~前一三〇〇年の間に市場規模が増大した期間を指すが、その起源は前三〇〇〇年~前二〇〇〇年の間に始まるともいわれ、考古上の時代区分で厳密(げんみつ)には暦法(れきほう)が定まらない。他方(たほう)ミケーネ文明も青銅器文明と同義に使われるが、前一六〇〇年ころクレタ文明を取り入れ、クレタ島の種族(うから)に代わり黄金期を築くギリシアの文明を指し、前一二〇〇年~前一一〇〇年の間に浸入したドリスに滅(ほろ)ぼされるまで続き、エーゲ・キプロス・トロイ方面に波及したとされる。
 神話トロイア戦争の痕跡調査は地下九層まで掘り下げており、第二層の大火災は前二〇〇〇年以前のものとされ、第七層に小アジア一帯の破壊と火災跡(かさいあと)が見つかり、その時代は前一七〇〇年~前一二〇〇年とされ、青銅器の市場拡大期にヒッタイトは鉄を使い、オリエントの総体図は前記の通り、新王国期前夜は騒乱(そうらん)の極(きわ)みと化していた。そこへヒクソス打倒に成功したエジプトが参戦すれば、覇権に群がる富の跳梁跋扈は(ちょうりょうばっこ)必然であり、これら地獄図(じごくず)を検証していけば、戦場を彷徨(さまよ)う移動民の落ち着く先も必然と定まり、それを受け容れ可能とするのはエジプトが最も適合(てきごう)しえよう。すでにインダス文明は潰滅(かいめつ)の過去形で消えており、現代パレスチナの難民(なんみん)がエジプトに流れ込むように、戦争捕虜(ほりょ)以外にも流れ込む難民は抑(おさ)えきれず、ナイル川のイネも必然ムギに転ずるほかあるまい。

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2010年12月 1日 (水)

古事記とハープ

1年ほど前の拙記事「『古事記』序」に、「アラスカ州ガコナのハープの研究者が、現在『古事記』を解読しようと血眼になっている」と書きましたが、当時はそのように語る栗原茂さんの話に、半信半疑で耳を傾けていた自分がいました。しかし、半年が経過した今年の5月の舎人学校に至って、漸く本当の話だと「確信」が持てるようになった次第です。何故、最先端を行く米国アラスカ州のガコナ・ハープが、1298年も前に成立した古事記に力を入れているのかという訳は、栗原さん自らが執筆したガコナハープ報告書「文明の未来図 ガコナハープ」に詳しいので参照してください。

このように、“時代の最先端を行く”古事記について、国体の観点から解説を行う栗原さんの話に耳を傾けるようになって、たとえば、『マンガ古事記 上巻』(サンマーク出版)を出版した、東京外国語大学名誉教授の奈良毅氏の語る古事記論が、実に底の浅いものであることが一目瞭然に分かるようになってきました。例えば、同教授が古事記には医学上の正確なことが書かれていると主張しているユーチューブがあります。

古事記の記述が科学的、医学的に正しい理由は?

筆者なりに掻い摘んで云えば、同教授の主張は次の通りになるでしょう。

「女性は10~11歳で初潮を迎えるが、男性は2~3年後の13~14歳になって漸く生殖器が大人になる。だから、伊邪那美命(いざなみのみこと=女神)が先に伊邪那岐命(いざなぎのみこと=男神)誘って、みとのまぐあいをしたところ蛭子や淡島が生まれるという行は、女性の方が性に成熟度が早いので、その頃に女性から誘っても未だ男性は生殖器がねんねの状態だから、子どもの出来ようがないことを示している。しかし、男性も生殖器が大人になった頃に女性を求めると、その時点では女性はすでに成熟しているので、健全な子どもが生まれるわけである」

このような“チン説(珍説)”を奈良氏は主張していますが、これではマンガ以外のなにものでもありません。

筆者は舎人学校の模様を必ず報告書にして関係者に配布していますが、たとえば今年の5月10日の報告書だけでも、古事記に関するメモ書きに以下のようなものがあります。時間の経過とともに報告書が溜まってきましたので、栗原流古事記に関して、支障のない範囲で本古事記シリーズにおいて、解説を交えながら追々取り上げていく予定です。よろしくお願いいたします。

※ 以下は、2010年5月10日付けの報告書からの古事記に関する抜粋
最初の三柱(天之御中主神、後高御産巣日神、神産巣日神)は黄道(惑星の軌道)を現す。それに対して続く二柱(宇摩志阿斯訶備比古遅神と天之常立神)は白道(月など衛星の軌道)を現す。以上までは地球以外の惑星でも発生した出来事である。しかし、水の惑星である地球には他の惑星では発生しなかったものがあった。それが光合成であり、それによって植物と動物、最終的に人類が誕生した。これが国之常立神から伊邪那美神に至る神世七代の神々である。だから、最初に「意」(最初の三柱)があって人間としての原動力が生まれ、次に「情」(続く二柱)があり、最後に意と情の働きで知(神世七代)が生まれた。

「独神成り坐して、身を隠したまひき」は重要な行である。これは、公は一つだけであることを意味しており、また、「エネルギー」がないと何も生まれてこないことをも意味している。だから、古事記の冒頭で「独神成り坐して、身を隠したまひき」が幾度か出てくるのに注目する必要がある。つまり、我々は「無」から生じたということも、同行は示しているのだ。さらに、他国の神話は冒頭から男神と女神の物語で始まっているのに、古事記だけはそうではない点に目を向ける必要がある。男神と女神以前の世界を、実に古事記は苦労して示したのである。

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