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2007年6月 7日 (木)

閉鎖された加治将一氏のブログ

過日、「『幕末維新の暗号』に投稿された偽りのコメント」というテーマの記事を投稿し、加治将一氏本人のブログから以下を引用したのを覚えておられると思います。

『幕末維新の暗号』はもっともらしいことを並べ立てて、反証してみせ、これはイカサマ本だと言いふらす卑劣な方法は一般的だ。だが、よく検証すれば分かるが、根拠の薄いものばかりで、こじつけの手法が多くとられている。
 そもそも小説に、史実と違うという攻撃など、トンチンカンな話で、その意図がミエミエではないか。

ところが、その後上記のかじまさ.netが閉鎖されているというメールが道友から届きました。あれだけの“名文”が読めなくなるということは大変惜しいことなので、以下に加治氏本人が自著『幕末維新の暗号』について述べていた箇所を再録しておきましょう。後は読者の判断にお任せします。

『幕末維新の暗号』あとがき

 Kaji

『幕末維新の暗号』を出してから、有形無形の圧力を受けている。脅しさえも。
 日本には『幕末維新の暗号』という、一介のフィクション小説の出版さえ、許さない得体の知れない勢力がいる。

 言論弾圧、出版妨害。

 あるものは政府機関を名乗り、あるものは弁護士を名乗り、あるものは教育者を名乗り、あるものは学者を名乗り、いややはりその中には、まったく名乗らない闇の勢力もいる。  妨害には、さまざまな方法がある。 『幕末維新の暗号』はもっともらしいことを並べ立てて、反証してみせ、これはイカサマ本だと言いふらす卑劣な方法は一般的だ。だが、よく検証すれば分かるが、根拠の薄いものばかりで、こじつけの手法が多くとられている。
 そもそも小説に、史実と違うという攻撃など、トンチンカンな話で、その意図がミエミエではないか。

 『幕末維新の暗号』は、盗作で読む価値なしだという言いがかりもよく使われる。

 『幕末維新の暗号』は、駄作だと中傷する古典的な方法がある。
 いずれも、知識遺産を知りたいと思う情熱を抹殺する恥ずべき人間のやることだが、そうはいっても確信犯的な連中には通用するわけはないのだが・・・

 出版社や新聞社に、『幕末維新の暗号』の書評を載せるなと、圧力をかける方法もある。
 そして直接版元に、本の抹殺を狙って難癖をつける方法もとられるが、現代において、もやはそれは成功しないはずだ。
 情報が公開され、一定程度の言論の自由という意識が浸透している時代になってきているからだ。

 さらにまた、作家やその周辺を震えるほどに脅す方法がある。オーソドックスだが、効果的だ。


 正直、身の危険を感じている。
 しかし加治は、屈服する年齢ではない。
 もう充分、好きなように生きてきたし、この世に未練はあまりない。この先、長く生きてもせいぜいあと20年だろうか。それが仮に数年短くなったとしても、冷静に受け止められると思っている。
 正直に生きるためなら、あえて危険な領域に踏み込むことはいとわない。
 とは言え、セキュリティのために公表していた顔写真を引っ込め、暮らしを移させてもらった。これはすべきことだと思う。 


 過去における真実とはなにか?
 個人が決めることじゃない。多くの人が、さまざまなことを知り、考えることに参加すれば、より真実に近づけるはずだと信じている。
 それにはまず、知ること。
 加治は『幕末維新の暗号』という小説で、世に問題を提起した。この本は長い取材と調査。そして多くの人の協力があっての賜物だった。

 もう一度、見つめようではないか?
 考えようではないか? 
 我々、日本という国を・・・
 我々には、それが可能なはずである。

 『幕末維新の暗号』は、発売わずか3週間で、4度も刷り増しするという栄誉にあずかった。
 購入し、読んでいただいたみなさんには、深い感謝と尊敬の念を抱かざるをえず、さらにより多くの人が、『幕末維新の暗号』を自分なりに見つめていただきたい気持ちでいっぱいでだ。
 そこになにかを見出し、気付いていだだければ、作家としては本望なのだ。



 応援歌がたくさん聞こえる。 すべての人に、感謝と愛情をこめて・・・

加治将一
by kaji-masa | 2007-05-18 07:01

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コメント

舞い降りた天皇 面白かったです カンナビって 神の鍋って事でわないですか? 山わ 食物の宝庫ですし 与論島の方言でナビは鍋 ユンヌ言葉わ ヤマト言葉と近いって なんかに書いてた気がします

投稿: まこと | 2013年6月 3日 (月) 午後 03時03分

初めまして。
私は北海道豊浦町でシュタイナー学校を起ち上げて来たひとりのオヤジです。
子どもを通わせるために東京/札幌を経て、孟母三選で北海道伊達に行き着きました。

そしてそこで「かじまさ」と小説の舞台の取材を通して接点がありました。

お会いしたのは一度だけですが、何回かのやりとりの中で、私は彼のすばらしい人間性を感じたひとりです。
今回引用されている彼のコメントは、まさに彼らしいなあ、と思いました。

ところで

今回9月に出版される彼の小説「アルトリ岬」(PHP研究所)を先に送ってもらって読ませてもらいました。

感動しました。

絶望の淵に立った家族を題材に、「人生とは何か」を提案してくれています。

中学生のこどもたちを持つ親にはきっと素晴らしいものを与えてくれるはず。

是非ともご一読を!

投稿: 吉居大輔 | 2008年8月30日 (土) 午後 04時21分

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