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2005年9月 6日 (火)

「日本不沈の条件を考える」

本日、掲示板[藤原肇の宇宙巡礼]で、地質学博士の藤原肇氏が自ら「日本不沈の条件を考える」というスレッドを立ち上げています。

以下が藤原氏の本日の投稿内容です。

1 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/09/06(火) 02:45:48
二十数年ぶりにこの本を読んだことにより、当時の危機感を思い出すと共に、現在の日本がもっと危険な状態に直面しているのに、日本人はそれに気づいていないと先ず指摘したいと思います。
「世界週報」に1977年の11月に出た記事は、日本人記者クラブと石油連盟での講演の草稿で、このときの帰国には防弾チョッキを身につけ、成田ではなく羽田空港を使うために、わざわざ中華航空を使ったことを思い出しました。

上記のスレッドを立ち上げた理由は以下のスレッド・ブログ[教育の原点を考える]にあります。

27 名前:藤原肇 投稿日: 2005/09/06(火) 02:36:29
事情が分かりました。私の手元に「世界週報」の記事があるので、早速コピーして亀山さんに送ります。また、今回の討論に啓発されて「世界週報」の記事を20数年ぶりに読み返し、報告しておきたいことに思い当たったので、「日本不沈の条件を考える」というスレッドを起こし、そこで議論を進めようと考えました。
実は「日本不沈の条件」を書いた頃が、私のジャーナリスティックな仕事の絶頂期であり、皆さんにきっと参考になるだろうと考えます。

以下は再びスレッド・「日本不沈の条件を考える」です。

2 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/09/06(火) 07:59:15

1973年の石油危機の到来についての予告記事は、1971年の春の『文芸春秋』に掲載されたが、石油危機でパニックに陥っていた時期に、『石油飢餓』の出版がサイマル出版会で決まった。だが、この時点での私の危機感は別のものに移り、それはこの本の「前書き」に次のように記録されている。
「・・・戦後長らく続いた保守政治がついにファッショ化して、独裁者のまわりに翼賛政治家が結集し、すでに財閥化した財界と結託して、一億の国民を再び悲劇の中に巻き込もうとしている。・・・現在進行していることを正しく評価するためには、時間を置いて歴史的事件として過去において見るか、空間的に距離をおき日本列島から一歩遠ざかって、しかも、日本に焦点を合わせてみるかの二つの方法しかない。私は地球を相手にした歴史学者として、自分の生きている時代がどのようなものであったかを後になって気づいて、後悔するのは嫌だから、太平洋を間において日本を観察しているが、このファシズムの不吉な胎動は気がかりでならない。国民が力を合わせてこの狂気時代の亡霊の復活を粉砕し、日本人が一致団結して石油危機の克服に向かって、集中できるような条件を作っておくように期待してやまない。・・・」
そして、この本の中のどこかに、田中首相と中曽根通産相の辞任を要請して書き。それが理由でこの本は市場から消え去ったし、私は多くの人の忠告に従って1977年までは、日本に近づくのを回避したし防弾チョッキを着て帰った。それにしても「光陰矢のごとし」で、この記事が31年前に書かれたとは思えないほどで、今日執筆しても新鮮だと感じるほどである。
なぜならば、小泉がやっている一連の政治的な布陣は、情報時代のソフトなクーデタであり、それに気づいているのは私ぐらいだろうが、それを将来の歴史のために「靖国維新」と名づけて、私はその動きを太平洋のた対岸から観察している。そして、維新は権力支配を目指すクーデタであり、支配者の間の権力争奪だという点で、911選挙で使う非公認や刺客の手配が、ソフトな粛清だと気づく日本人がいないのが寂しい。

5 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/09/06(火) 17:09:22

脱藩道場の総会に出席したことのある人は覚えているはずだが、ここはモデルを緒方洪庵の適塾にとっていて、表札には私の顔写真が出ているけれど、皆さんが自主運営をして切磋琢磨し、私は必要な時にしか発言を控える姿勢です。それは自らの頭で考えることが重要で、説明や答えを聞く場所ではないからです。ただ、今回の場合は私が言いだしっぺだから、維新の意味論だけは書いておきます。日本では明治維新が歴史の節目で、維新という言葉はなじみ深いものですが、維新をカタカナにすればクーデタであり、これは権力内部における覇権争いであり、下から体制を変革する革命と違うことは、「ジャパン・レボリューション」で論じたことです。
クーデタは1630年代にイタリアのリベルタンが取り上げ、君主が取る特別な措置という意味で使われ、権力サイドが自分の都合のいいように、改革と称して試みる支配権の確立に期限を持ちます。国家が公を体現し「朕は国家なり」という時代は、権力者による反対派の弾圧はクーデタであり、だから、ブリュメールの18日もクーデタでした。だから、首相として権力を握っていても、絶対的な支配が出来ていないと考えれば、首相自らがクーデタを試みるわけで、それが小泉の「靖国維新」の歴史学的正体です。19世紀までのクーデタは軍事力が中心だったが、情報化が進んだ20世紀はソフトになり、ハードなクーデタは中南米やアフリカにあったが、先進国はソフトな権力交代が中心でした。明治維新はハードだったから戦争が絡んだし、昭和の日本は形だけは工業国だったが、文明度の実態は後進国だったから515事件や226事件は軍事力と結び、昭和維新としてのクーデタになりました。だが、軍隊は権力サイドの組織だから、日本の右翼は時代遅れのせいで三無事件や三島事件のように、自衛隊を使って維新をしようとしたわけです。小泉の場合は背後に電通がいるので、同じクーデタをソフトにやっており、メディアの関心を集めるために殊更に靖国問題を使い、大衆の感情をそこに集める心理作戦を駆使するので、テレビなどのマスコミを使った情報戦術だから、私は「靖国維新」と名づけたのです。

8 名前:藤原肇 投稿日: 2005/09/07(水) 00:27:54
日本の言論界の批判精神が衰えたために、目の前で進行している事態に対して、正確な把握が出来なくなっているような感じで、それが現在の日本を閉塞感から救えない、最大の理由になっていると思います。たとえば、参院での郵政法案否決にたいして行った、小泉の政治的慣例を無視した解散に対して、どうも感情的なネーミングをしており、理性的かつ分析的な発想で位置づけした形で、概念化をしていないように思われます。新聞で見かけたものだから特殊かも知れないが、例えば次のようなものがそれです。
・自暴自棄解散・亀井静香
・自爆テロ解散・森永卓郎
・自己愛解散・香山りか
・八つ当たり解散・又市征治
・江戸の敵を長崎で討つ解散・高村正彦
これらは表に現れた現象的なものとか、心理的な面を強調したネーミングで、より深い歴史性や深層心理に肉薄しておらず、何となく現代風のコピーライト形であり、キャッチフレーズとして分かりやすいとはいえ、歴史に残るかどうか疑問に感じます。
私の「靖国維新」という捉え方に基づいて考え、そこから「靖国解散」とすれば混乱してしまい、訴える力がなくなるのは次元が違うからです。
だから、『911選挙』を「靖国選挙」といえないわけで、これは「大権委任の国民投票」と理解すれば、ヒトラーが「大権委任法」を根拠に独裁を確立して、合法的に独裁者になったプロセスと同じ、ソフトな形のクーデタに対応すると分かります。
独裁を狙うものは国民投票を好みますから、ペロンやフセインは常に国民投票を求めたし、それでポピュリズムの熱狂を盛り上げました。このメカニズムが理解できれば、なぜ中曽根康弘、石原慎太郎、小泉純一郎などが、首相公選を主張していたかという理由が、明白になるのではないかと考えます。
ほとんどの日本人は選挙だと考えているでしょうが、いま直面しているのは国民投票なのであり、その背後には「全権委任」という独裁者の狙いがあり、こうした理解が歴史の教訓の成果です。これで私の問題提起は一段落したので、後は皆さんの活発な討論を期待しています。

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