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2005年8月12日 (金)

研究社の英和辞典を巡る“論争”

副島隆彦氏が著した語学関係の著作に、『欠陥英和辞典の研究』および『英語辞書大論争!』(共にJICC出版局より出版)という本があります(最近になって復刊となったようで、副島氏のHPで2冊合わせて5千円で発売していました)。確か10年以上前に発行された本であり、その当時の私は同書を入手して目を通したことがあるものの、3年ほど前に書架を整理する際、他の300冊ほどの本と一緒に処分しているので最早手許にはありません。『欠陥英和辞典の研究』および『英語辞書大論争!』を処分したのは、山岸勝榮氏という英和辞典の編集者のホームページ《山岸勝榮 英語辞書・教育研究所》を訪問したのが切っ掛けでした。副島氏の『欠陥英和辞典の研究』および『英語辞書大論争!』は、研究社の『新英和中辞典』および『ライトハウス英和辞典』を辛辣に批判した本であり、山岸氏は『新英和中辞典』および『ライトハウス英和辞典』には関与していないものの、同じ英和辞典の編者として副島氏の『欠陥英和辞典の研究』および『英語辞書大論争!』に対して批判を書いたのであり、その山岸氏の批判に対する副島氏自身の回答が、漸く十数年後になって副島氏の掲示板に載ったのです。しかし…

[74](2) これは、山岸勝栄(やまぎしかつえい)のサイト 投稿者:副島隆彦投稿日:2003/04/26(Sat) 07:29:04
副島隆彦です。
以下のサイトは、私、副島隆彦の本を批判する事で、ご飯を食べいてる山岸勝栄(やまぎしかつえい)という人のサイトです。
はじめて覗いて、随分と、商売になっているようだと、驚きました。
馬鹿な人だけど、こういうのが、典型的な日本人の一種なのでしょう。

副島隆彦記

上記ののサイトのURL

http://jiten.cside3.jp/index.html

b050812a 上記の文章を読み、皆さんはどう思われたでしょうか?

山岸氏が副島氏に対してどのような批評を行ったのかは兎も角、山岸氏に批判されてから十数年後も後に、しかも正面から反論するわけでもなく、「馬鹿な人だけど、こういうのが、典型的な日本人の一種なのでしょう」と訳の分からないことを言い放つあたり、副島氏には一社会人としての常識があるのかと、呆れるより他はありませんでした。

山岸氏によれば、上記の副島氏の回答は既に削除されてしまっているとのことですが、それは恐らく副島氏が己れ自身の非を認めたものなのでしょう。幸いなことに、副島氏の上記の回答は今でも山岸氏のHPの[XXI 『欠陥英和辞典の研究』、『英語辞書大論争!』の著者に思う]というページに残してありますので一度目を通してみてください。私も確かに3年ほど前に副島氏のサイトで上記の投稿を1~2回読んだ記憶があります。

山岸氏自身のHPに「副島氏に論争の意思がおありなら私まで連絡を乞う」と書いてありましたが、十数年も経て漸く届いた副島氏の上記の回答を見て流石の山岸氏も呆れたようであり、[XXI 『欠陥英和辞典の研究』、『英語辞書大論争!』の著者に思う]のページに以下のように述べています。

 私は、氏の英語に関する言説を主に問題とし、前記諸論考で、上記2書の中身の学問的検証を行ないました。従って、それに対する学問的な論駁や反証のための書き込みなら大いに有益だと思いましたし、私もそれらを冷静に受け止める用意がありました。しかし、今はもう何を言っても無駄という思いを強くしています。氏にかかれば、白は黒になり、黒は白になるようですから。自著には『欠陥英和辞典の“研究”』だの『英語辞書“大論争”!』だのと立派な題名を掲げ、その中では「この本(『欠陥英和辞典の研究』)のどこが『揚げ足取り』で、なぜ『言いがかり』なのかを、明確に論証しなければならない」(170頁)などと大見得を切っておきながら、いざそれに学問的・建設的反論を寄せようとする人(たち)が出て来ると、今度はその人(たち)に猛然と敵意を示すというような氏の姿勢に、陋劣(ろうれつ)さ、頑陋(がんろう)さを感じるのは決して私一人ではないでしょう。

b050812b 私のような一介の翻訳者も含め、山岸氏といった語学のプロからみて考えられないような数々の誤謬を犯した『欠陥英和辞典の研究』および『英語辞書大論争!』を復刊したとのことですが、少なくとも山岸氏から指摘された誤謬だけでも訂正されていることを期待したいと思います。なお、翻訳家の山岡洋一氏も、自身のホームページの翻訳通信で意見を述べていますので目を通してみるといいでしょう。

追伸: 光栄にも山岸教授からメールをいただきましたので、以下に転載致します。

サムライ様
 メールを拝読致しました。良くぞ書いて下さったと言うのが、偽らざる気持ちです。誰しも間違いを犯しますが、問題は、間違いを犯した本人がそれと気づいた時の態度、それを指摘する人間の指摘の仕方だと思います。その意味において、S氏の言動はあまりにも醜悪であり、常軌を逸しています。
 サムライ様のお陰で、私の真意を知ってくださる方々が一層増えることを期待しております。
 産業翻訳に従事しておられる由、ご成功を心より祈念致します。今後、いろいろとご教示ください。ありがとうございました。
8月13日 山岸勝榮

追伸:また貴サイトを訪問させていただきます。

長野県の某高校で英語教師をやっておられる方が、副島隆彦氏の著した『欠陥英和辞典の研究』を理路整然と批判していました。

欠陥「欠陥英和辞典の研究」の研究

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コメント

山岸先生、貴重なコメントを有り難うございました。

ところで、私にとって人生の大先輩にあたる藤原肇博士に対して、副島隆彦氏が以下のようなメールを出したと、藤原博士自ら掲示板【藤原肇の宇宙巡礼】に公開していましたので、ご参考までに転載致します。

************************************************
副島隆彦です。
貴兄の悪い点、欠点は、人のことをあれこれ「忠告すること」です。 偉そうに、小室君はどうだ、とか、副島君、君は、疲れている、などど、偉そうなことを、私に以後一切、書いてこないでください。
どうして貴兄は、自分が高みに立って、自分のほうから人を見下ろさないと済まない、という、そういう愚かな性格をしているのですか。
私は、貴兄から学ぶことなど何もありません。貴兄の生き方や、書き方を尊敬しません。
以後、私に連絡して来ないでください。貴兄とはもともと無関係です。
副島隆彦拝
************************************************


副島氏は相変わらずのようですね。それに対して私は、同掲示板に以下のようなコメントを投稿しています。


************************************************
藤原博士と副島氏のメールのやり取りを見ていると、藤原博士が土佐犬のように堂々と構えておられるのに対して、怖いもの知らずというのか本当に狂犬なのかは知りませんが、副島氏というスピッツが己れの力も弁えず、目の前の土佐犬にキャンキャン吠えているように思えて仕方がありません。藤原博士が相手するまでもない人物だと私は思います。

なお、私も自分のブログ[教育の原点を考える]で多少は副島氏について言及していますので、関心のある方は以下をアクセスしてみてください。

・研究社の英和辞典を巡る“論争”
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/08/post_cf11.html
※上記のページには、副島氏の著した『欠陥英和辞典の研究』を巡る論争の関係者の一人、山岸勝榮教授から数日前にコメントをアップして頂いております。藤原博士宛てに送ったという副島氏の手紙の内容と、山岸教授が私宛てにコメントしてくれた内容とに雲泥の差があるのは一目瞭然です。

・『人類の月面着陸は無かったろう論』
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/08/post_b602.html
※このページでは、私が副島氏に見切りをつけた理由を述べました。それは、船井幸雄氏との対談本『日本壊死―新しき人目覚めよ』という、どうしようもない本を出したからです。『日本壊死―新しき人目覚めよ』について、いずれ徹底的に叩いておこうと思いましたが、叩くだけの価値もなさそうです。


サムライ拝
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投稿: サムライ | 2005年10月26日 (水) 午後 05時39分

サムライ様
 サムライ様の本サイトを久しぶりに訪問し、そこに、かつて山岸ゼミに所属した学生の一人からの書き込みがあるのを発見しました。だれか分かりません。ただただ、ありがたく、また身の引き締まる思いがします。現実の私には過分な褒め言葉です。 
 しかし、同君が私と私のゼミを通じて、また、私の他の授業を通じて、そう感じ、そう信じ、卒業後、4年が経過した後にも、私への思いを変えないでいてくれるそのことに、むしろ私のほうこそ感謝しています。と同時に、同君の折角の思いや書き込みに恥じないように、今後とも誠実に、精一杯がんばっていこうと決意を新たにした次第です。
 本物の教育とは、学習者が教科書や参考書の内容をすっかり忘れたのちにも、その心の奥底に依然として残る「何か」を創り出す崇高な行為ではなかろうかと思います。
 今回のような心温まる書き込みを可能にしてくださった本サイト運営者のサムライ様にも御礼を申し上げます。また、私に言及なさった過分なお言葉にも感謝申し上げます。ありがとうございました。
 2005年10月24日(月)大学にて 山岸勝榮

投稿: 山岸勝榮 | 2005年10月24日 (月) 午前 10時26分

投稿有り難うございました。

山岸先生のゼミ生であった由、羨ましい限りです。

十代から二十代にかけて出会った人物・書籍は、その人の生涯を左右するほどのものがあります。ギシゼミさんも、山岸先生のように真摯に仕事に取り組み、人生を歩ゆんでいかれるのではと、ふと思いました。頑張ってください。

サムライ拝

投稿: サムライ | 2005年10月15日 (土) 午後 04時01分

私は、約4年前、明海大学で山岸ゼミに所属していました。山岸先生の辞書編纂と、教育に対する熱意は、言葉で言い尽くせないほどすごいものでした。まさに命を削るような仕事ぶりで、私はいつも先生のお体が心配でたまりませんでした。本人はいたって気さくな方なんですが、私にとってあまりに偉大すぎて、直接お話しするときなど足が震えたものです。山岸先生は、世界で一番美しい日本語を話す方だと確信してます。話され方、またその内容の深さ、表情、全てにおいて、私はいまだかつてあんな素晴らしい言語の使い手にお会いしたことはありません。一冊でも先生の著書を読めば、すぐに納得していただけると思います。山岸先生にお会いできたというのは、私にとってお金では決して買えない、最高の財産なのです。

投稿: ギシゼミ | 2005年10月15日 (土) 午前 02時23分

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