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2005年8月28日 (日)

フルベッキ写真(9)

ito01 本日のフルベッキ写真(9)は伊藤博文を取り上げます。写真は、フルベッキ写真に写る“伊藤博文”です。

 伊藤博文の場合、幸いにして数多くの写真が残されているので、フルベッキ写真に写っている(とされる)伊藤博文との比較がし易いはずだ。また、フルベッキと交流のあった伊藤だけに、フルベッキ写真に写っていたとしても決して不思議ではないはずだが、果たしてフルベッキ写真に写る伊藤は本物なのだろうか? さっそく伊藤博文の写真を比較してみよう。

本シリーズでは、坂本龍馬、横井小楠、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通、大隈重信と、フルベッキ写真に写る人物が本物かどうかについて検証してきたが、実際にフルベッキ写真に写る人物と本物の写真とを並べてみて、フルベッキ写真に写るのは果たして本物かどうかの見極めに迷うことが都度あった筆者であり、その点は読者も同じではと思う。今回のフルベッキ写真に写る伊藤博文にしても、「似ていると言えば似ているし、似ていないと言えば似ていない」と思う読者が多いのではないか。また、伊藤博文の写真(2)、(3)、(4)、はいずれも本物の伊藤博文であるが、それとは知らずに初めて写真(2)、(3)、(4)を目にした読者であれば、果たして全部の写真が本物の伊藤博文なのだろうかと戸惑うのではないだろうか。

ここは“直感”に頼るしかなさそうであるが、フルベッキ写真を初めて目にした時の筆者は、坂本龍馬、横井小楠、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通、大隈重信、伊藤博文、明治天皇、桂小五郎(木戸孝允)、高杉晋作、大村益次郎等々、幕末から明治にかけて活躍した蒼々たる元勲が一堂に集うというのは現実離れしているし、フルベッキ写真には何処か嘘があると直感的に感じ取ったのであるが、伊藤博文にしても本物の写真と較べて何処となく違うものを感じたのである。

念のため、松浦玲・村瀬寿代説によるフルベッキ写真の撮影日である1868年12月(明治元年10月)~1869年1月30日(明治元年12月18日)の間を調べてみると、その間は初代兵庫県知事に就いていた時期(1868年5月23日 - 1869年4月10日)と重なるのであり、筆者が調べた限りでは1868年12月~1869年1月30日間に兵庫県知事として長崎を訪れたという記録は残っていないようだ。その意味でも、フルベッキ写真に写る伊藤博文は贋物とみて良いだろう。

 ご参考までに、フルベッキ写真に写っているとされる他の有名な長州藩士、桂小五郎(後の木戸孝允)、大村益次郎、高杉晋作の写真も載せたので、フルベッキ写真に写るそれと比較していただきたい。この他にもフルベッキ写真に写っているとされる長州藩士に、広沢真臣、品川弥次郎、井上聞太(後の井上馨)らがいるが割愛させていただく。

 大村益次郎の場合、写真が一枚も遺されていないとされており、我々は上に掲げた一枚の肖像画によってしか在りし日の大村に想像を巡らすしかないのだが、特徴的な広い額などからフルベッキ写真に写る大村益次郎は本物に違いないと主張する某識者が存在する。その識者はフルベッキ写真について独自に調べたようであり、筆者の知己でもあるから、もしかしたらフルベッキ写真の大村益次郎は本物かもしれないが、筆者自身で調べたわけではないので現時点では何とも言えないところだ。

 桂小五郎の場合、素人目にも他人であることがわかるような写真であり、フルベッキ写真に写るのは桂小五郎ではないと判断して差し支えないと思う。高杉晋作の場合、馬と並ぶと馬の方が丸顔に見えるというくらい面長だったと伝えられているが、フルベッキの写真に写っているとされる高杉の顔の長さは人並みであり、また、その他の顔の特徴などを較べてみても、フルベッキ写真に写っているとされる高杉晋作は本物ではないと筆者は思う。第一、高杉の場合は維新直前に病死しているのだから、明治元年に撮影されたフルベッキ写真に写っているはずがないのである。

謎のフルベッキ写真

・フルベッキ写真(最終回)に続く

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コメント

コメント、ありがとうございました。また、トラックバックしていただいた由、感謝致します。

大分しばらくフルベッキ写真について取り上げましたが、皆さん、そろそろ飽きてきたのではと心配していたところでしたので、パルティアホースカラーさんのように目を通して下さる人もいるのだと知り、嬉しく思いました。私は一年間「近代日本とフルベッキ」を執筆しつつ、フルベッキ写真について追求してきたのですが、その体験から言えることは、物事の真偽を見極めるには、自分で苦労して徹底的に調べなければダメだということでした。そのあたりについての私見は、明後日に投稿予定の「フルベッキ写真を終えて」で述べましたのでお楽しみに。ちなみに、明日は私サムライとフルベッキ写真を巡って情報・意見交換を行った、慶応大学の高橋助教授が執筆された「フルベッキ写真の考察」を、ご本人の承諾を得た上で投稿します。よって、パルティアホースカラーさんをはじめ、訪問者の皆さんにはもうしばらくの間お付き合いして頂ければ幸いです。

最後に、パルティアホースカラーさんのブログを拝読しました。幕末に関する記事を興味深く拝読させていただきました。今後もパルティアホースカラーさんと情報交換ができればと思います。よろしくお願申し上げます。


サムライ拝

投稿: サムライ | 2005年8月29日 (月) 午前 04時17分

はじめまして。
フルベッキの写真に関して、詳細に検討されていて、すばらしいと思いました。
私は、松浦玲氏の説を支持しています。
トラックバックさせていただいたのですが、もしも不都合がありましたら、削除してください。

投稿: パルティアホースカラー | 2005年8月28日 (日) 午後 07時54分

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