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2005年8月15日 (月)

『阿片王 満州の夜と霧』

b050815 本日は敗戦60周年ですが、8月15日に相応しいテーマの本を最近読みましたのでご紹介します。その本とは、過日書いた「ホリエもんの錬金術」に投稿してくれた野牛一刀斎氏のコメントにあった本であり、1年ほど前に『週刊新潮』に短期連載された佐野眞一氏の記事の単行本です。野牛氏のコメントを読んだ私は、早速にクロネコヤマトのブックサービスを通じて『阿片王 満州の夜と霧』(佐野眞一著 新潮社)を取り寄せてみました。そして入手した同書を通読していくうちに、次第に里見甫という人物に惹かれていく自分がいました。そうした里見甫の人となりは、特に同書の第八章「孤高のA級戦犯」に鮮明に描かれているので、同章を中心に里見甫という人物を上手く描いていると思われる個所を以下に抜粋しておきましょう。

 他人にすべて罪をなすりつけて口をぬぐう田中隆吉の節操のなさや、自分を大きく見せることだけに躍起となる児玉誉士夫の小物ぶりとは対照的に、自分の知っている範囲のことはすべて答えるが、知らないことは知らないときっぱり断る里見の答弁は、男らしくて惚れ惚れする。
『阿片王 満州の夜と霧』p.256

 里見さんについては、父から「私欲のまったくない人だった」と訊いています。たしか、テレビに笹川良一が出演していたとき、父は「笹川と里見はまったく違う。里見は私欲のために動かなかったが、笹川は私欲で動いて財産を築いていた。里見はもしカネに困ったら笹川のところへ行けばいくらでももらえる立場の人なのに、そういうことは一切しない人だった」
『阿片王 満州の夜と霧』p.279

上海の麻薬王とまで云われた里見甫は、帰国後はひっそりと余生を送っていますが、そんな里見を同書は以下のように描いているのが印象的でした。

 戦後の余生と見定めた里見にとって、バラと女と宗教は、失われた満州と失われた上海、そして自分の手のなかからこぼれ落ちていったアヘンと謀略工作を取り戻すための、見果てぬ夢のなかをさまようアヘンの陶酔にも似たたまゆらの愉楽だったのだろうか。
『阿片王 満州の夜と霧』p.288

同書は単に里見甫その人について筆を進めているだけではなく、阿片を目的に日本が日中戦争に突入した背景についても述べているのであり、戦争の裏に阿片があったという史実は、今まで一般に対して極力伏せられてきただけに、大変貴重な本となりそうです。

 (日本)軍部を無謀な日中戦争に踏み切らせた心理的理由の一つとして、中国の軍閥たちが独占するアヘン利権を武力で収奪することにあったことは確かだ。
『阿片王 満州の夜と霧』p.138

阿片と旧日本軍との深い繋がりについては、『阿片王 満州の夜と霧』以外にも沢山の阿片戦争に関連した書籍がありますので、今後は折りあるごとに他の本についても取り上げていきたいと思います。

さて、里見甫という黒幕について言及したついでに、もう時効だと思いますので黒幕に関連した個人的な体験を書いておきましょう。

『阿片王 満州の夜と霧』を読み進めながら脳裡に浮かんできたのは、二十代の時に体験した韓国旅行でした。私にとって初めて韓国旅行であり、時期も今と同じ夏でした。下関からフェリーで釜山港に入り、一週間ほど韓国の各地を訪れた後、再び釜山港に戻り、翌日は再びフェリーで帰国するのでホテルに泊まろうと思い、道行く人に尋ねたところ、近くの某ホテルが良いと教えてくれたのです。ホテルに着き、雨に濡れてドブネズミのような格好でホテルのフロントでチェックインをしていると、サングラスをかけた小柄な日本人がいつの間にか横から声をかけてきたのです。Tシャツとジーンズというヒッチハイカーの格好をしてチェックインしている私をジロジロ見つめながら、「びっしょりだなぁ…、それにしても凄い格好だ!」と呆れたように言い放ったのです。それが、当時の日本の某政商O氏の“秘書”をしていたというK氏との出逢いの始まりでした。K氏は、「泊まるなら俺の部屋の隣にしろ」と云い、フロント係に対して隣の部屋のカギを私に渡すように指図し、その日から数日間にわたり、K氏と行動を共にするという何とも奇妙な数日を過ごすことになったのです。

たまたま私が宿泊したホテルも政商O氏の所有するホテルだったようで、K氏の話によると某政商O氏は、ソウルにもさらにグレードが上のホテルを所有しているとのことでしたが、我々が宿泊している釜山のホテルは中クラスのホテルであり、頻繁に韓国に出張しているK氏の顔を余り知らない同ホテルは落ち着けるとのことでした。それでも、隣のK氏の部屋の前にはベルボーイが受付用デスクと椅子を置いて24時間にわたって周囲を見張っていました。チェックインの後、荷物を部屋に置いて俺の部屋に遊びに来いというので、荷物を自分の部屋に放り投げて、ノコノコと隣のK氏の部屋に遊びにいくと、そこにいたのはK氏だけではなく、日本語が堪能な韓国人美人がK氏の横にいたのです。その女性は韓国の女優だとK氏は紹介してくれましたが、韓国の芸能界に暗かった私にとっては初めての“韓国人女優”との対面でした。暫く歓談していると、「サムライ君も1人では寂しいだろう」と云って、何やら電話をしてくれたのです。するともう1人の韓国人美女が我々の部屋に尋ねてきました。何でも、K氏の横にいる女優の“友人”だとのことです。

それからの数日間は、韓国企業の社長らしい人たちが来てはK氏と商談しているのを傍らで耳を傾けたこともあれば、近くのカジノに行きK氏とは顔馴染みの女将とコイコイ(花札)を楽しんだこともあります。物凄く賭博に強い女将で、K氏や私は徹底的に負かされました。無論、夜は夜で酒を酌み交わしながらK氏と色々な話もしています。私が本田技研に勤めていると云うと、「ホンダ…、あぁ、あのオートバイ屋さんか。本田(宗一郎)さんとは顔なじみだから、今から電話してやろうか」と云われたり、私が十代の時に南米大陸を半年ほど放浪した話をすると、チリで事業進出するから来ないかと云われたりしたものです。その他にも色々と語り合っていますが、これ以上K氏との話の内容を述べるわけにはいきませんので割愛するとして、K氏の話から印象に残ったものの一つは人と人との出逢いについての話でした。人と人との出逢いについてK氏は、「この広い宇宙の芥子粒のような地球という場所で、しかも150億年の今という時に、人と人とが出会うということは、これは物凄い“奇跡”なのだよ、サムライ君」としみじみとK氏は語ったものです。

そうした奇跡というのか奇妙といとうのか分かりませんが、K氏との体験も明日で終わりという前日、一流料亭、一流カジノに連れて行ってもらっただけでなく、ホテルでかかった費用も一切合切K氏が払ってくれたので、「それでは申し訳ない」と云うと、「今度、信州あたりで会ったら、信州ソバでも奢ってくれれば十分」とK氏は静かに言うのでした。そして翌日、後ろ髪を引かれるような思いで私は釜山を離れたのです。会社の出勤に間に合わせるため、帰りは飛行機で帰国したのですが、飛行機はJAL(日本航空)だったと記憶しています。K氏が親切にも座席を確保してくれたのでした。

帰国してから友人に韓国での体験を話すと、「お前、担がれたんじゃないのか…」と当時は良く言われたものです。しかし、当時のことを改めて振り返ってみるに、K氏はほぼ間違いなく某政商O氏の右腕だったのだと思います。その後の人生で様々な人物との出逢いがあり、私なりに人を見る目が若いときよりは肥えていますし、さらには本物の詐欺師との出逢いを体験し、時には痛い目にも遭っているので、少なくとも今では人物の本物と偽物の区別くらいはできるようになっていると思います。ちなみに、某政商O氏とは故小佐野賢治のことです。ただ、『阿片王 満州の夜と霧』を読み終えた時、里見甫と較べて小佐野賢治の人物が小さく見えて仕方がなかったことを、ここに告白しておきます。

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コメント

“長谷川利夫”さん、今はベトナムですか…。はるばるベトナムからのコメント、ご苦労様でした(笑)。今度は、ゴビ砂漠からの報告を楽しみにしています。

IP Address 171.226.36.179
City Hanoi
State or Region Ha Noi
Country Viet Nam
ISP Viettel Corporation.
Latitude & Longitude 21.033333 105.850000 MapG MapV
Domain VIETTEL.COM.VN

投稿: サムライ | 2011年11月16日 (水) 午前 03時58分

「阿片王」を読んで兎に角最悪の後味の悪さだった。まず第一に作者が「俺はこんなに調べてるんだ」と言う自慢臭がプンプン鼻につく。次に、自分の好き嫌いで登場人物を評価している。最も不快であるのは、里見甫を美化しているところにある。私に言わせれば色と金と阿片にまみれたゴロツキでしかない。それを最もらしく「彼の生き方を崇高」にした佐野氏の思考過程が理解できない。要するに、阿片を道具に数百万人の人達を薬ずけにすることによって、国のためか何かは知らないが、それを生業に生きたヤクザなのであるのである。書物にする価値もないのではないか。彼の最高作ということだが、もしそうなら他の本も推して知るべし、だ。それと、文章に格式が無い事とやたら繰り返しの文章が多いのには読んでいる時にへきへきした。

投稿: 長谷川利夫 | 2011年11月10日 (木) 午後 11時06分

CIA、故児玉氏を酷評・情報工作「役立たず」

 【ワシントン=共同】右翼の大物、故児玉誉士夫氏らを使い、東西冷戦中に情報収集や反共工作を行った米中央情報局(CIA)が、児玉氏らを「役立たず」として酷評していたことが2005―06年に機密解除されたCIAの内部文書で分かった。AP通信が25日までに伝えた。

 文書は児玉氏のほか、陸軍参謀だった辻政信元大佐の働きについても「人格、経験の両面でどうしようもない」と切り捨てており、日本での工作活動全般が期待通りの成果を挙げていなかったことをうかがわせている。

 1951年の文書でCIAは、日本での協力者に関し「名声や利益を得るために情報を水増ししたり、完全にでっち上げたりすることがよくある」と指摘。ソ連のサハリンへの浸透工作を図るため、ボートの資金を与えた協力者がいなくなってしまった具体例などを記している。児玉氏については53年の報告書で「情報工作員としての価値はほぼゼロ」と断定。「プロのうそつきで悪党、ペテン師、大どろぼう。情報工作は完全に無理で金もうけ以外に関心がない」と散々な評価を加えている。

日本経済新聞社 2007年2月26日

投稿: サムライ | 2007年2月26日 (月) 午後 12時59分

尾崎清之輔さん、「灼熱」という貴重なブログの紹介有り難うございました。今回は里見という阿片王だけを述べるに止めようと思いましたが、黒幕に関連した個人的な体験もこの機会に書くことにしました。韓国で体験した某政商O氏の右腕との出逢いについては、一部の友人を除き、初めて一般に公開したものです。やはり単なる観光旅行ではなく、独りで旅をすることにより、観光旅行では得られない体験ができるのでしょう。今後も折りあるごとに、ブログに私が体験した人間模様を書き連ねていきたいと思います。今後も宜しくお願い致します。


サムライ拝

投稿: サムライ | 2005年8月17日 (水) 午前 03時41分

ご自身の貴重なご体験のご紹介と共に興味深く読ませて頂きました。
小生も購読後、一気に通読しましたが、実はサムライさんと同様に、
里見甫という人物の持つある種の魅力に惹かれたことは否めません。
それにしても里見遺児の芳名帳に記された方々の顔触れには驚愕を
隠し切れませんね。
藤瀬一哉さんの「昭和陸軍”阿片謀略”の大罪」にてその一部を知る
こととなった里見甫という人物が、「阿片王」においては周りの人物も
含めて良く描けており、日中戦争から太平洋戦争に至る経緯と真相が
読み手に伝わってくるようです。

以下は「灼熱」という国際金融資本を主なテーマとしているブログで、
小生が着目しているブログの一つですが、ここにもお勧めの本として
「阿片王」が紹介されておりましたので、ご参考までにお知らせします。

http://plaza.rakuten.co.jp/HEAT666/diary/200508090000/

投稿: 尾崎清之輔 | 2005年8月16日 (火) 午後 10時24分

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