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2005年8月 1日 (月)

『教育の原点を考える』 第III章

b050615先ほど、『教育の原点を考える』の第III章「絶対主義と皇国教育」をアップしましたのでお知らせ致しします。 http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/library/edu/edu.htm 以下は、第III章の中で特に印象に残った下りです。 同章の冒頭は以下のような出だしになっています。
藤原肇 明治一四年(一八八一)の政変と呼ばれるクーデタで、大隅重信や福沢諭吉の門下生を政府から追放して、伊藤博文の絶対主義路線がはっきりします。その反動として、秩父事件や加波山事件のような反抗と弾圧が、明治の日本に激動の渦をまき起した。結局は、民権運動がしめ殺されていく中で国粋主義と絶対主義が支配的になり、民学を押しのけて官学の力が強まったことは、明治憲法と同時に教育勅語が発布になって、狂信的な水戸学的な思想がすべての教育機関に押しつけられた事実に象徴的に現われています。しかも、伊藤に協力して師範学校の軍隊教育化などを推進した文部大臣の森有礼でさえ、憲法発布の日に国粋主義者に暗殺されるほど、反動の嵐はすさまじくなっていく。
本当に、明治14年の政変は日本の将来を左右した分水嶺でした。その時の中心人物の1人であった大隈重信について、私は拙ブログでも取り上げていますので、一読していただければ有り難く思います。 http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/07/post_a6bb.html
松崎弘文 しかし、日本のようにボス政治がまかり通っている国では、よほど準備して地方分権の努力をしない限り、各地方各市町村ごとに小さな文部省ができてしまい、いよいよ混乱することも考えられます。

早川聖 現にそれが口実になって、教育委員を任命制にする工作が文部省によって行われたのだし、一番いい例が自治体警察の運命です。戦後アメリカの制度を導入して自治体警察が生れたけれど、結局は国家警察に吸収されてしまった。日本人は体質的に中央集権的なものが肌に合っていて、お上に隷従するのが好きなんですな。

藤原肇 そこに教育問題の根幹があって、隷属思想が日本文化の特性であるならば、教育によって日本文化を乗りこえるような人間を育てなければいけない。

早川聖 そこまで言い切ってしまうから、藤原さんはラジカルで危険思想の持主だと烙印を押されてしまうんです。日本人がもっと民主的な考え方を身につければいい、といっておくだけで済むのですよ。現に、大正デモクラシーと呼ばれる時代は、中道的で人間的な印象を人びとに与えることに成功したが故に、あの絶対主義の時代にあっても、デモクラシーが一時的に花開くことができたんですから……。

『教育の原点を考える』は四半世紀前に発行された本ですが、それからの日本は根底的に全く変わっていないようです。拙ブログ[教育の原点を考える]は、己れを取り囲む日本人としての壁を乗り越えるためのヒントになればと思って始めたのですが、ほとんど反応もないのも、末期症状の日本だからこそなのでしょう。 追伸 『教育の原点を考える』の電子化が完了する今年の9月30日まで、本ブログの投稿を精力的に続けていきたいと思います。それ以降は拙ブログの更新を停止(場合によっては閉鎖)、あるいは停止とまではいかなくても更新の頻度を大きく下げる予定(月に数回程度)です。よって、もう暫くの間は五月蠅いかもしれませんが、お付き合いのほど宜しくお願い致します。ともあれ、6月中旬からブログを体験することにより、ブログとはどういうものか分かりましたので、関与している掲示板【藤原肇の宇宙巡礼】に何等かの形で反映出来ればと思っています。 http://jbbs.livedoor.jp/study/2491/

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