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2005年7月 8日 (金)

若者の死

m007 中学校以来の友人Aの奥さんが、お互いの子どもたちが通う小学校の通学路で交通事故を起こし、オートバイに乗っていた相手の18歳の大学生が死亡するという事件が今年の5月下旬に発生しました。幸い、友人の奥さんは任意保険に入っていましたので、金銭的な問題は一応心配ないものの、これからという若者の死により、友人夫妻は一生重い十字架を背負って生きていかなければならなくなったのです。事故の後、直ちに共通の友人と語り合いましたが、我々に友人夫妻を助けてあげることなど何もない、できることと言えば、若干の金銭的な援助しかないという結論に達したのでした。友人Aの共通の友人たちにも募り、共通の友人の中から代表の一人が直接友人A宅を訪問し、何かの足しにということで全員から集めたお金を渡しています。後、友人Aから肉筆の手紙受け取りましたが、その中には以下のような文が目に入り、友人Aの気持ちを思うと言葉が出ませんでした。

……相手方のご両親のことを思うと今だ胸が張り裂ける思いです……

お金を送るなど差し出がましいことをしたかなと、一瞬後悔の念にかられましたが、続けて友人Aの以下の文を目にして、救われた思いがしたのです。

……皆様方の温かいお気持ちとご厚意、本当にありがとうございます。
幼い娘の笑顔と皆様方の友情に支えられ妻と二人前向きに進みたいと思います……

あの痛ましい事故から日にちも経ち、そろそろ四十九日を迎えようとしている今でも、用事で事故現場を車で通るたびに、事故現場に置いてある花束が目に入り、握るハンドルに思わず力が入ります。

物の本に、「親が子どもにしてやれる最後の教育は、〝死に様〟である」といったことが書いてあったのを思い出します。せめて親が死ぬまで、あるいは子どもたちが巣立つまでは、生きていたいと心から思いますが、こればかりは運命という人智を超えたものであり、明日交通事故で死ぬかもしれません。ともあれ、どのような形で死を迎えるにせよ、子どもたちの目から見て恥ずかしくない死に様にしたいと願う今日この頃です。

合掌

写真提供:むうじん館 http://www.fsinet.or.jp/~munesan/
花の命は短くて… 野に咲く夏の花

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