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2005年6月20日 (月)

日本脱藩のすすめ

昨夕は、塾を経営している友人の他、中学校時代の同期生2名が加わり、m003総勢4名で久 ぶりの飲み会を地元の蕎麦屋で開きました。2人の息子が友人の塾でお世話になっていることから、教育の話も当然出ました。例えば、最近は小学生を対象に英語を教えている塾があるといった話です。しかし、小学生に英語を教える必要があるのでしょうか…。小学生に英語を教えるよりも、過日の「古典の素読」で取り上げた、論語をはじめとする中国古典の素読をやらせたり、地元の子ども図書館に連れて行って多くの本と接するようにさせた方が良いと私は思うのですが…。つまり、「こんにちは」、「お元気ですか」といった日常英会話を柔らかい頭に叩き込むよりは、先達の叡智が詰まった四書五経を、理解できなくても柔らかい頭に叩き込む方が良いという考えです。子ども図書館の場合、本に親しむ習慣を身につけさせるため、2人の息子たちが幼稚園の頃から、時間を見つけては子ども図書館に連れて行ったものです。おかげさまで、今では2人とも自然に本と接するようになっており、子ども図書館以外にも、学校の図書館の本も積極的に借りて読むまでになりました。その点、昨日の塾を経営する友人も2人の息子の読書好きを誉めてくれましたが嬉しく思ったものです。

「自分の塾に通う子どもたちは、ほとんどが学校のテストで満点を取る」、と友人は語っていますが、そのために学校の友達を見下すような態度が出ることのないように、私は友人にお願いしています。子どもたちを塾に通わせているのは、本人達の意志を尊重したからであり、決してガリ勉になって欲しいと願って、塾に通わせているわけではないからです。塾を経営する友人の話に耳を傾けると、塾に通う子どもたちの保護者は、ゆくゆくは自分の子どもを良い高校・大学に進学させせたいと考えているようです。そうした考え方が今の日本では当たり前なのかもしれませんが、私は別の考え方を持っています。私の考え方については、以下の「日本の脱藩のすすめ」を読んでもらうとして、世界を視野に入れ、日本以外の高校・大学の進学を考えてあげることも、もう一つの選択肢だと私は思います。より具体的に言えば、子どもたち自身が学びたい分野の一流の教授の下で学ぶことができるように、少なくとも私は自分の子どもを導いていくつもりです。したがって、専攻したい分野の教授が必ずしも日本の大学で教鞭を執っているとは限らないし、その教授が日本人であるとは限りません。ともあれ、大学ではなくて教授を選ぶべしという私の考え方は、少し説明が必要ですので別の機会に譲りましょう。大分前置きが長くなりましたが、昨日お約束した小論、「日本脱藩のすすめ」を以下に転載します。

日本脱藩のすすめ
 バブル崩壊後、10年以上の長期にわたる大型不況が続き、重苦しい閉塞感に日本は覆われている。そうした状況下で、「日本脱藩のすすめ」などと書こうものなら、「日本を捨て、海外に脱出しよう」という意味かと受け止められかねない。否、筆者の言う「日本脱藩のすすめ」は決してそのような後ろ向きの意味ではない。ここで言う「日本脱藩のすすめ」とは、経営思想家であるピーター・F・ドラッカー風に言うならば、「来る知識社会への準備のすすめ」ということに他ならない。すなわち、旧秩序がガラガラと音を立てて崩壊している今日、これから到来するであろう知識社会を生き抜くためには、国家も会社も個人も今までの古い殻を脱ぎ捨て、新しい時代に向かって脱皮していく準備が肝心だと言いたいのである。

無論、日本脱藩とは単に物理的に日本を飛び出すことだけを意味しているのではないが、若者であればそれも許されると思う。つまり、若いときの海外体験はなにものにも代え難いということだ。もし読者がまだ学生あるいは二十代の社会人であるなら、ここは思い切り武者修行に海外に出ることにより、後々の人生に大きなプラスになると思う。筆者自身、高校を卒業した後に一年間働いて資金を貯め、日本を飛び出して3年間にわたって世界を放浪してきた人間である。当初はイギリスで3ヶ月ほど英会話学校に通い、その後2~3ヶ月かけてヨーロッパを一周して帰国するつもりでいた。しかし、ロンドンでアルバイトをしていたイタリア料理店でアルゼンチンの女の子と友達になったことがきっかけで、彼女の故郷であるアルゼンチンを訪問したくなり、ヨーロッパ旅行を取り止めて南米大陸へ発ったのである。中南米を半年ほど放浪した頃、旅行資金も底をつきはじめたので、メキシコシティから一路ニューヨークへ飛んだ。ちょうどクリスマス前だったため、寒空の下でマンハッタンに点在する日本料理店を一軒一軒回って仕事を探したことになる。当時、一週間が過ぎてもなかなか仕事が見つからず大変焦ったものだが、今では懐かしい想い出だ。そして、確か8日目だっただろうか、その日も1日歩き回ったのに成果がなく、がっかりしてホテルに戻ろうとした帰り道、たまたま「江戸」という看板の日本レストランが目に入ったので寄ってみた。すると、メガネをかけたインテリ風の支配人が「あっ、ちょうどいい。在ニューヨークの日本人向けにおせち料理を作っているんだが、人手が足りない。早速頼むよ!」と言うではないか。その支配人の言葉を耳にした時は咄嗟に言葉が出ず、頷くのがやっとだった。結局、その日本レストランでは8ヶ月ほど働き、かなりの旅行資金を貯めた。その後、2ヶ月弱アメリカとカナダを長距離バスで一周し、続いてサンフランシスコで1年半ほど大学生活を送り、日本に帰国している。

筆者の場合は単なる放浪生活を送ってきたに過ぎず、人前で誇れるような体験ではない。しかし、筆者と異なり、海外に活躍の場を求めて成功した日本人も確実に存在する。そうした日本人の1人として、1987年にノーベル賞を受賞した利根川進博士を挙げたい。そして、利根川博士と言えば、立花隆との共著『精神と物質』(文春文庫)を思い出す人も多いのではなかろうか。同著の中で利根川博士は以下のように述べている。

   「日本の大学院というのは、ちゃんとした教育機関
  になってないんですよ。工学系とか文学系とか、他の
  系統の大学院はしりませんよ。しかし理系の大学院は
  そうなんです。学生を教育しない。だいたい講義とい
  うものがないんです。はじめから、みんな自分はもう
  大学を出たんだからと、一人前の研究者のような顔を
  しているし、表面上は先生からもそう扱ってもらえる。
  だけど実際には、科学者として本格的に研究していく
  ための基礎的訓練をきちんと系統的に受けていないわ
  けです。一種の師弟制度で、教授、助教授の研究を手
  伝いながら、見よう見まねで覚えていく。この研究は
  どう大切なのかをじっくり自分で考えるとか、実験結
  果について徹底的にディスカスするとか、そういう訓
  練がない。だから科学研究の本当の基礎が欠けた研究
  者ができてしまう。日本の基礎科学が弱い原因はこの
  あたりにある」
 『精神と物質』利根川進・立花隆共著 文春文庫 p.53

ここに、利根川博士が日本の大学院に進まずにカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)に留学し、海外での修行を始めた理由が明確に述べられている。利根川博士の述べている欠陥は、何も日本の理系の大学院に限ることではなく、日本という国家から企業・地域社会に至るまで、来る知識社会では時代遅れとなる制度・組織を未だに抱えてところが多いのである。

日本を飛び出していったのは何も科学者だけではない。野球を例に挙げれば、1995年に海を渡った野茂英雄を皮切りに、続々と日本人メジャーリーガーが誕生している。そして、現在最も注目を浴びているのがヤンキースの松井秀喜選手だろう。昨秋、巨人軍の主砲の松井秀喜選手がメジャー入りの決断を発表した時、日本のプロ野球界に大きな衝撃が走ったことは記憶に新しい。そして、その後の松井はヤンキースに入団し、今や日本でも連日のように松井の活躍が報道されている。それにしても、松井と言えば名実ともに巨人の、そして日本の四番バッターだったが、その松井が巨人を去り、ヤンキースに入団したのも、メジャーという一流の仕事場で己れを試したいという気持ちが強かったからに違いない。

一流の仕事、一流の人物を求め、海外武者修業を体験した日本人が他にも大勢いる。そうした海外武者修行を実践した日本人の中で第一級の人物と言えば、やはり真言宗の開祖空海をおいて他はあるまい。空海は最澄と共に804年に遣唐使として唐に渡っており、来年は空海の入唐千二百周年にあたる。空海の唐における修業の様子については、陳舜臣が著した『曼陀羅の人』という小説から、唐における空海の修業の一端を垣間見ることができると思う。日本に戻ってからの空海は八面六臂の活躍であり、後の日本の宗教界・思想界に大きな影響をもたらしたのは改めて述べるまでもない。

ここで日本の現状を振り返るに、このままでは日本は二流・三流の仕事場に成り下がり、二流・三流の日本人や外国人の吹き溜まりになってしまうのではと筆者は危惧している。そうならないようにするためにも、多くの海外の優れた企業・人材を積極的に受け入れ、国を挙げて精神的な開国を行うべきではないだろうか。海外から新しい血を入れることにより、国際競争力のない既存の企業は次々と潰れることになると思うが、それが世界の常識であり、経済の本来の姿のはずだ。そうした競争の中から、世界に通用し、真のマネージメントを身につけた雑草のように逞しい優良企業が誕生してくるのである。そのためには、多くの優秀な企業・人材を海の彼方から引きつけるだけの魅力ある国に日本を変えていかなければならない。明治維新当時の原動力となった先達に倣い、第2の「明治維新」に向け、現代の日本人も今こそ英知を結集すべき時期に来たのではないだろうか。

出典:世界の海援隊 http://www.ibd-net.co.jp/official/kaientai/

写真提供:むうじん館 http://www.fsinet.or.jp/~munesan/
むうじんさんの田圃の田植え。梅雨時の風物詩です。

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