藤原定家が編集したという『小倉百人一首』は、日本人なら誰でも知っていますが、その百人一首が実は陰で魔方陣に結びつくという事実は、残念ながら殆ど知られていません。百人一首と魔方陣との繋がりを徹底的に解明した本の1冊に、太田明氏の『百人一首の魔方陣』があります。掲示板【藤原肇の宇宙巡礼】に、太田氏自ら投稿しておられる貴重なスレッドがありますが、その中でも重要と思われる投稿を厳選し、以下に再掲してみました。以下のスレッドを読んだ上で、さらに太田氏の著した『百人一首の魔方陣』読み進めてもらいたいところですが、残念ながら太田氏の『百人一首の魔方陣』は絶版です。しかし、アマゾン・ドットコムなどで、古書として今でも入手可能ですので、入手したいという方はお試しください。
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百人一首と言えば、下の子が小学校二年生の時、百人一首を素読させる時間を担任の先生が設けてくれたことがあります。和製版の古典素読といったところであり、今では担任の先生に感謝の気持ちで一杯です。
「百人一首の魔方陣」
1 名前: 太田 投稿日: 2004/11/27(土) 12:45
はじめまして。「百人一首の魔方陣」の作者の太田です。
ここで藤原さんがそのことで書き込みをされ、野田さんが、
百人一首が魔方陣になっているならそれは凄いことだ、と
思われていることを知って、ちょっと書き込んでみたくな
りました。
本の序文にも書いていますが、「百人一首」と「魔方陣」という
言葉が結びつくと聞いただけで、それだけで拒絶反応を示す人が
大勢いることは私も重々承知しています。この二つの言葉はそれ
ほど相容れないものです。
私も笑い者になるのは嫌ですから、曖昧な根拠だけではおそらく、
この本は書かなかったでしょう。
にもかかわらず、あえて書いたのは、それだけの根拠があったから
ですが、それよりも私が読者に知ってほしかったのは、数学が和歌
の中に秘密のこととして定家のみならずそれ以前の歌人からずっと
引き継がれているのだ、ということです。
それが何を意味するのかを読者に考えて貰うためには、証明が絶対
に必要ですので、非常に読みにくい本になってはしまいましたが、
真剣に論証を追って下さった読者は、一様に驚かれています。
私も自分の書いたことすべてが正しいというつもりはありませんが、
それでも公開の議論に応じるだけの論証は出来たと考えています。
もしも私の主張が正しいなら、これまで情緒的側面からのみ捉えら
れてきた和歌というものが、実はまったく違った論理的側面を備えており、
それが如何なる理由によるのか、秘匿されながら残し伝えられてき
たということになります。
いうまでもなく、その意味するところは非常に大きなものがあり、
多くの智恵を結集して研究するだけの価値があるものです。
中でも特に、理学系の頭脳が必要です。
5 名前: jeek 投稿日: 2004/11/28(日) 22:39
太田様
はじめまして。
jeekと名乗らせていただきます。
私は、「百人一首の魔方陣」が出た当初から注目して読んでおりまして、
今まで何回繰り返し読んだかわかりません。
大変面白い内容でした。
さて、私は、百人一首の魔方陣に代表される数学がいわゆる古今伝授の
奥義であったという意見には満足できません。
数学以上の何らかの意味や内容がこめられているような感じがするのです。
おそらくそれは神道の奥義に関係するかと思います。
もちろん、あの時代に、あれだけの数学があったということ自体が驚き
な訳で、それももちろん重要ですが、太田さんの結論である、パイや黄
金比などの数学的な理論が奥義だったとは思えないのです。あえて言わ
せてもらうならば、百人一首などにある数学的な構造は、神道の奥義へ
の入り口なのではないかと思われるのです。
あと、これはあくまでも私の直感なのですが、和歌の根源が祝詞にある
とすれば、古今伝授の根源も神道に求められるのではないでしょうか。
もちろん、太田さんの仮説も大変魅力的です。
(地球上の遺跡を結ぶ個所など)
本書の続編はまだかと首を長くして待っています。
以上、一読者の感想でした。
8 名前: 太田 投稿日: 2004/11/30(火) 14:13
5.> のjeekさんへ。
神道についてはまだ手を付けておりませんので、ご意見に対しては
肯定も否定もできません。ただ一つだけ言えることは、後陽成天皇
の言葉です。関が原の合戦において、細川幽斎が石田三成の軍勢に
包囲されたとき、後陽成天皇はわざわざ勅使を遣わして窮地に陥っ
ていた幽斎を救いましたが、その理由として天皇は
「(古今伝授者としてただ一人生存している)幽斎が死ねば、神道の
奥義も、和歌の秘密も消えてしまい、本朝の掟は虚しくなってしまう」
と述べています。この言葉はjeekさんの言われていることを裏付け
ています。
それにしても「神道の奥義」とはいったい何でしょうね。私ももの
すごく興味があっていずれ調べてみたいと考えていますが、なにし
ろ極端に情報の少ない世界ですから、そこに入り込むだけで一苦労
しそうです。
もしかしてjeekさんは、古今伝授と神道の関係を何か掴んでおられ
るのでは?
ところで『百人一首の魔方陣』ですが、私は、"動かしようのない事
実"を提示して、和歌は数学的構造を有している、ということを主張
しているだけです。
「あとがき」の数学的比率も別に結論としている訳ではありません。
『百人一首』を魔方陣に組み上げた目的は当然ある訳で、単なる遊
びであったとは思えません。
ということは、そのメッセージは何処かに隠されているはずで、
もっとも可能性の高いのはやはり、出来上がった魔方陣の中、では
ないでしょうか。であれば、それは魔方陣を組む鍵、つまり定家が
「これらの歌仙を選んだ目的は自分の心の中に有る」とした歌仙の
中にこそ隠されているべきではないか、そう私には思えたのです。
歌仙の配置には特別な意味がありますので、それらを組み合わせた
ところ自然に数学的比率が出てきた、ということです。
jeekさんの仰るように、数字はあくまでもその奥にある"何か"へ導
くための、いわば手引きをするための道具、だと私も考えています。
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以上だが、上記の「百人一首の魔方陣」の投稿全てに目を通してみたいという訪問者は、以下をクリックして下さい。それにしても、藤原定家が『百人一首』に魔方陣を組み入れた本当の目的は何であったのか、興味は尽きないですね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2491/1101527110/l100
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