『昭和の劇』
『昭和の劇』(太田出版)は、つい最近亡くなった映画脚本家・笠原和夫氏の著作です。
第1部 ひばり映画と時代劇
第2部 やくざ映画の時代
第3部 『仁義なき戦い』と実録路線
第4部 戦争映画と天皇
第5部 日本映画界の衰退
・MARCデータベースより
ヤクザ映画ファン必読! 「仁義なき戦い」などを手掛けた脚本家・笠原和夫の世界を解き明かす! 綿密なインタビューによって明かされたエピソードが満載。笠原作品から日本映画、東映映画の歴史を追う。
・BOOK著者紹介情報より
笠原 和夫
昭和2年(1927)5月8日、東京生まれ。新潟県長岡中学を卒業後、海軍特別幹部練習生となり、大竹海兵団に入団。復員後、様々な職につき、昭和29年(1954)、東映株式会社宣伝部に常勤嘱託として採用される。昭和33年(1958)、脚本家デビュー
以上ですが、これだけでは笠原和夫氏という、一人の映画脚本家が過去手掛けた映画についての本に過ぎないと思う人もいるかもしれません。しかし、同書に目を通していただくと分かりますが、私が今年目にした本の中では、今のところ最も印象に残る本になっています。ある意味では、今までの昭和史についての知識が“表の知識”だとすれば、“裏の知識”について書かれているのが『昭和の劇』なのです。それだけに、内容的に多くの人たちの目に触れる本ブログに書くのは憚れるような内容も数多くあり、そうした個所を本ブログには書くわけにはいきません。よって、“ソフトな内容”の部類に入ると思われる個所を2例のみ、同書から引用しておきましょう。
最初は、笠原氏が海軍と陸軍を比較しているくだりです。一般に、陸軍よりも海軍の方が自由で合理的だったと私たちは思いがちですが、実際はそうでもなかったようです。
笠原:まあ、僕は海軍が好きなんだけど、どちらかというと、陸軍の方が正当な人間が多かったんじゃないかと思うんだな。『昭和の劇』p.338
また、過日の「古典の素読」のコメントで夏目漱石を取り上げましたが、以下は漱石論です。
絓:ただ、日露戦争に反対した人間なんて堺利彦、幸徳秋水くらいなもんで、そんなにいませんよ。
荒井:例えば、そのあたり、夏目漱石はどう思ったの?
絓:いやあ、イケイケ、ですよ。ちゃんと詩を書いているからね、「従軍行」という。これは漱石が公に残した唯一の新体詩で、天子からもらった剣で露助の首をちょん切れ、みたいな詩ですよ。これは研究者は知っててもあまり言いませんけどね。そういうものを書くことによって彼は国民的作家になっていくわけなんだけど。『昭和の劇』p.428
アマゾンに載っている『昭和の劇』に対する書評にも、「上は天皇、下はヤクザ。右は血盟団、そして左は共産党。本書は、東映実録路線で一時代を築いた稀代の脚本家・笠原和夫がそのデビューから筆を折るまで、書き上げた全作品に関する証言録である」という形で『昭和の劇』を紹介している読者がいましたが、なかなか味のある紹介だったと思います。
以上、昭和史の裏を知りたいという訪問者に一読をお薦めします。
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コメント
>子供の頭は、やわらかいですので、世の中の裏の話を
>見せては、行けない部分もあります。
私も少々関与している「藤原肇の宇宙巡礼」という掲示板で、時折発言しているヒロイエさんも同じ小学生の男の子父親ですが、是出飯野陀さん同様に「小学生・中学生あたりでは未だ世の中の裏を伝えると頭が混乱する恐れがある」として、自然の成り行きに任せているようです。私も小学生では未だ早すぎると思いますし、高校・大学あたりからと考えていますが、ともあれ彼らが尋ねてくる日を待ちましょう。
>満州国の建国にかかるさまざまな疑惑、特に阿片の問題などは
『昭和の劇』以外に、満州関連で拙宅にある本の中から、思いつくものだけでも『インテリジェンス戦争の時代』(藤原肇著)、『満州国の阿片専売』(山田豪一著)、『昭和陸軍〝阿片謀略〟の大罪』(藤瀬一哉著)、『恋闕』(黒崎貞明著)、『満州脱出』(武田英克著)、『中国革命を駆け抜けたアウトローたち』(福本勝清著)、『東條英機 暗殺の夏』(吉松安弘著)などの他、昭和史には保阪正康さんの一連の著作が欠かせませんが、いずれ取り上げてみたいと思います。その節はよろしくお願い致します。
投稿: サムライ | 2005年6月25日 (土) 午前 06時14分
自然な成り行きに任せ という言葉は、
非常に難しいですね。
子供の頭は、やわらかいですので、世の中の裏の話を
見せては、行けない部分もあります。
日本のプロ野球は、それゆえに子供の指示を失ったのではないでしょうか。
となれば、隠された歴史は、疑問に答えながら教えていくしかないと思います。それでの成り行き任せ出しかないでしょう。
満州国の建国にかかるさまざまな疑惑、特に阿片の問題などは
頭の良い子供は問答を繰り返せば、気づくかも知れません。
私自身、小学生のころ、戦争賛美をする同級生がおり、彼と
論争し、結局負けたのですが(そのときの彼の持ち出した話は
所謂、西洋からの開放だったと思います。親が教えていたのでしょう)。
その際、国を作る金はどこから出したのかという疑問が生じたことが
始まりだったような気がします。その答えは、その後、雁屋哲の
コミックで知った次第です(男組)。
投稿: 是出飯野陀 | 2005年6月24日 (金) 午前 11時35分
是出飯野陀さん、
今の日本のジャーナリスト、特に大手マスコミおよび御用学者が、笠原さんの遺した『昭和の劇』を掘り下げるはずがないというのは、岩瀬達哉の『新聞が面白くない理由』や藤原肇の『夜明け前の朝日』を読めば一目瞭然だが、では、『昭和の劇』を読み、昭和史の裏を知った我々は、どう子供たちに昭和史の裏を伝えるのかという問題が残ります。私自身は自然な成り行きに任せ、子供たちが昭和史について問い合わせしてきたり、関心の素振りを示したら、徐々に伝えていくつもりです。それは、詰まらない役人などになって欲しくないという親心でして、やはり反骨精神・野心(のごころ)ある人生を送ってもらいたいと思うからです。
投稿: サムライ | 2005年6月23日 (木) 午後 08時11分
実際、600ページにもわたる対談は、その何十倍もの原稿起しから
濃縮されているものと思うが、これだけの取材を行ってこそ、2時間の
枠の中に、喜怒哀楽を入れることができるのだろう。
しかし、この本の面白いところは、実現しなかった作品いついても
言及しており、その中の人間模様がいろいろな思いを伝えている。
しかし、歴史には真実は一つしかないが、実際見ているものは
一面でしかない。この本の内容について、作者は最後に確認を本当ならばする必要があるとしながらも、それをしていない。これは作者に与えられたことではなく、ジャーナリスト、学者が掘り出す義務ということを
突きつけているのかも知れない。(この部分は活字と同時に直筆の原稿も掲載されている)。
この、事実について、歴史教育の場でいつの時点で教えるのか。教えないにしても存在を教えなければならないのか。これは親となったわれわれに突きつけられた遺言かもしれない。
投稿: 是出飯野陀 | 2005年6月23日 (木) 午前 11時21分